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私の知らない色






私が恋愛できない理由は―――


『仕事が忙しすぎるから』


誰かがそう言ったとき、


都合のいい理由が見つかったと思った。



誰かの言葉に


自分の嘘を隠して


仕事に忙しい女であれば


嘘を隠し通せると思っていた。



もちろん、嘘なんてないほうがいい。


それでも嘘をつくのは


自分を守りたいから。


嘘が……


自分を守る鎧になる。



だけど最近、肩こりがひどい。


この肩こりはそんな鎧の重みのせいだろうか……。



私は誰もいなくなった薄暗いフロアで唸りながら伸びをして


左右交互にゆっくりと首を傾けた。


2







「今日は早く帰るんじゃなかったのかよ?」




背後からの突然の声に椅子の上でバランスを崩しながら慌てて振り返った。



「いたの? 驚かさないでよ」


「いちゃわりーかよ」


「悪くないけど、向こうで寝てると思ったから」



彼は昨日もほとんど徹夜状態だった。


この事務所では徹夜の仕事も珍しくない。


そのため、休憩室に置かれたソファはいつしか仮眠用に使われるようになっていた。



「メチャクチャ眠い。でも、やんねえと」



そう言ってあくびをしながら私の向かいで椅子を引くのは


私が働くデザイン事務所、アートプレイデザインのデザイナー



眞辺隼人(マナベハヤト)。



名古屋市中区に建ち並ぶオフィスビルの一室が私たちの仕事場だ。


3




入社したのは私の方が先だが、他のデザイン事務所から二年前に転籍してきた眞辺の方がキャリアは上だった。


私は主に編集を担当しているが、最近ではこの男と組む仕事が増え、いつの間にかほとんどの仕事に彼と携わるようになっていた。



「やるか……」



彼の手元からカチッとマウスをクリックする小さな音がした。


彼が今から本腰を入れようとしているのは急に変更が入った雑誌の特集記事だった。


明日の朝までに修正案を出さなければならず、彼は今夜、ここで一夜を明かすことになるだろう。


私がいてもできることは雑用くらいで、むしろ彼の仕事の邪魔になりかねない。


この男は適当そうに見えて、


やるときはやる男なのだ。


もちろん、そんなこと、私から口にしたりはしないけど。


4






「やっぱり……私も残ろうか?」




クライアントからの修正内容はもう打ち合わせ済みで、ここから先の仕事はデザイナーの領域になるのだが、先に帰ることへの後ろめたさが口を開かせる。


本当はこれから予定があるのだが、仕事のためならやむを得ない。


しかし、その直後、私の覚悟もささやかな気遣いも無用に終わる。



「帰れ、帰れ」



彼はこちらを見ようともせず、パソコンのモニターを見たまま頭の上で手を振った。



「今日は予定があるんだろ?」



眞辺の言葉に目を丸くした。


今日のことはまだ誰にも言っていない。



「そうだけど……」



5






「久々の……女子会ってとこか?」



眞辺の予想は的中していた。


それに、今日は特別で、親友の婚約祝いを兼ねたものだった。


「今日は何か特別なんだろ?」


私が返事をしないうちにまたしても眞辺がズバリ的中させた。


「……何で知ってるの?」


と、聞かずにはいられない。


「朝からワインボトル引っ提げて来てたし」


眞辺は私の驚きに呆れた様子で、当然のごとく答えた。


「あ、ああ、それで……。すごい観察力」


普通、そんなことに気付くだろうか。


まあ、確かに……


ワインボトルはわかりやすい細長い紙袋だったけど。



「その観察力って、やっぱり、デザイナーだから?」



6







「はあ? 何で?」



人気のない室内に彼の声が響いた。


あまりに大袈裟な反応に私の方が驚いた。


「だって……常に周りのものが気になるんじゃない? デザインとかロゴとか」


「……ああ、そういうことか。言われてみりゃそうかもしんねーけど」


彼も思い出したように納得した。


「ふーん、やっぱりね。私は……綺麗な色を見ると興奮する」


「へえ……変わった性癖」


眞辺が馬鹿にしたように言ったので私はふくれて彼を睨みつけた。


眞辺はお構いなしで相変わらずモニターを見たままで話を反らした。



「お前、友達少ないだろ?」



7





「そんなこと……」



……ない。


と、言おうとして言葉に詰まる。


「……うるさいな。忙しいからこれくらいでちょうどいいの」


気付くと鼻から荒っぽい息がもれた。


「出た出た。友達少ない、仕事が忙しい、彼氏はいない。結婚できない女の典型だな」


「……典型? やめてよ。友達少ないのも、仕事が忙しいのも、彼氏がいないのも、全部自分で決めて、選んだことなの。結婚できないんじゃなくて、まだ考えてないの」


思わずムキになって訴えたが、どこかでは諦めていた。


他人に言ってもなかなか伝わらない。


ただの言い訳や負け惜しみにしか聞こえないことは、何度も繰り返し経験して思い知っている。


「貴重な友達から少しでも女子力吸収してこいよ」


私が立ち上がると眞辺が意味深な笑顔を見せた。


8






「な、何よ……」



眞辺があまりにも私も顔を凝視するので思わず顔を逸らした。



「だって、お前、最近オヤジ化してるし」



「えぇ? オヤジ化!?」



自分が女らしいとは思っていないが、服装やアクセサリーにもそれなりに気を遣っている。


それが、どうして『オヤジ』なのか。


眉間には不信感の証が浮かぶ。



「シェーバー、貸そうか?」



「どういう意味?」



「髭、剃った方がいいんじゃねえ?」



「生えてないわよ!!」



「おかしいなぁ。俺には見えるのに」



彼は目を細めて私に顎を突き出した。



「残念でした。私だってエステくらい行ってます」



私は斜めに顎を突き返して彼を睨んだ。



「じゃあ、悪いけど『女子会』、行かせてもらいます!」



私はデスクの脇からバッグの紐を掴んで肩に掛けた。


9




すると、彼がモニターから目を離して私を見た。



「……と、言いつつ実は男だったりしてな」



私は呆れてため息をついた。


そうでないことはこの男が一番よく知っているはずだ。


「今日はやけに突っかかってくるのね?」


「そっちも今日はやけに気合入った服装だと思って【デキる女】って感じ」


「答えになってないし。悪いけど、服装だって普段と変わらないから」


彼から目を背けて否定する。



「だいたい……私の服装になんて興味ないくせに」



彼との会話に嫌気がさし、目を反らす口実に時計を見た。


「ごめん、もう行く」


私は椅子をデスクに仕舞ってワインボトルの入った長細い紙袋を手に取った。


「何かあったら連絡して。お疲れさま」


オフィスのドアまで小走りに移動して、ドアから身体が半分通過したところで半歩引き返す。



「言っとくけど、女子会だから!」



私は彼の返事を待たずに急いでエレベーターに向かった。


10