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第1話 いつの間にか

人生の分岐点は


いつも


突然やってくる

斎藤久実。

25歳。

大学卒業後、漫画出版社に入社して3年。

その日は、あまりにも突然やってきた。



「えっ?営業部ですか?」

上司に言われたのは、お説教どころか、異動の話だった。

「ああ。斎藤君ももう3年、編集の仕事やっただろう。ここらで、スキルアップに他の部署に行くって言うのは、どうかな。」

「はあ……」

スキルアップだったら、何も他の部署なんかじゃなくて、同じ編集の仕事の、例えば担当の漫画家さんを付けてくれるとか、そういう事をしてほしかった。

「そんなに、難しく考えなくてもいいんだよ?実はね、レディースコミック担当していた営業の女の子がね、結婚して営業以外の部署を希望してるんだよ。」

結婚……

いいなぁ。

「そこで、レディースコミックを主に担当していた斎藤君だったら、その女の子の後を引き継いで貰えるんじゃないかって、営業部の人が言っていてね。」

2

なんだ、そうか。

私、埋め合わせか。

「分かりました。できるか保証できませんが、精一杯やってみます。」

「そうか!さすが斎藤君!」

入社以来、3年間私の上司だったら人は、嬉しそうに机を叩いた。


確かこの人、1年後輩の男の子を、他の部署がほしいって言ってきた時、目の前で断っていたんだよね。

『うちの優秀な編集者を、他の部署なんかに渡せるか!』って。

その男の子は、やっぱ担当の漫画家さんがいて、もう少しで単行本も出せるそうだ。

3年間、編集者のコマ使いしていた私とは、全く違う。


「それで、いつからですか?営業部に移るのは。」

「それがね……来週なんだ。」

「来週?」

えっ?今日、金曜日なんですけど。

「と言うわけで、今日中に荷物をまとめておいて。」

「……はい。」

私は上司に頭を下げて、自分の席に戻った。


「おっ!斎藤、今度は何で怒られた?」

3

私の隣の席で、3年間良き先輩だった山田さんが、いつものように、聞いてきた。

私が上司に怒られた時には、いつも励ましてくれていた人。

「いや、今日は怒られてないんです。」

「珍しいな。あの編集長、若い女の子を怒るのが、趣味なのに。」

あっ、やっぱり?

私もつくづくそう思ってたけど、それを編集部最終日に教えて貰えるなんて。

「実は異動になったんです。」

「異動?どこに?」

「営業部です。」

「営業!?斎藤にできんのか!?」

山田さんは椅子から立ち上がって、驚いている。

「分かりませんけど、なんとかやってみます。」


今まで編集部で使っていたファイルやノート、文房具等を一気に段ボールに詰め込んで行く。

結構机いっぱいに荷物があったのに、詰め込んでみたら段ボール一つで間に合った。

私の3年間なんて、こんなものだ。

「斎藤。これ、欲しがってたよな。」

4

山田さんがふいに、私の手に渡してくれたモノ、それは某アニメの女性フィギュアだった。

「はい。」

「やる。」

「えっ!あんなに大切にしていたフィギュアなのに、私にくれるんですか!?」

「ああ。」

確か買うのに、定価の10倍もしたって、絶対触らせてもくれなかったのに。

どういう風の吹き回しだろ。

「その代わり、多少辛くても仕事辞めるなよ。」

「……山田さん。」

「また編集に戻ってきたら、一緒に仕事しような。」

私は山田さんの言葉に、ジーンと胸が熱くなった。

適当な人としか思ってなかったのに、こんなに優しい人だったなんて。

今日は、初めて知る事ばっかりだ。


「お疲れさまです。」

横から入って来たのは、ここでバイトをしている大学生の谷岡潤平君だ。

「あれ?何で山田さんのフィギュア、久実さんが持ってるんですか?」

バイトの谷岡君も、そりゃあ驚くよね。

5

「谷岡。斎藤と一緒に仕事するのも、今日が最後かもしれないぞ。」

「なんですか?それ。」

山田さんの適当発言に慣れている谷岡君は、衝撃の一言を言っても、さらりと受け流せるタイプ。

今時の若者だ。

「ああ~。私、営業部に異動になったんだ。」

「えっ!?久実さんが営業!?それって大丈夫なんですか!?」

私がいなくなるよりも、仕事ができるか心配してくれるなんて。

いい子を通り過ぎて、生意気だ!!


「大丈夫もなにも、やんなきゃいけないの。仕事なんだから。」

一応社会人の先輩っぽい事を言って、私は段ボールを持った。

「途中まで持ちますか?」

谷岡君が親切に、両手を差し出してくれた。

「ううん。思ったよりも軽いからいいや。」


そう。

自分でも悲しくなるくらい、荷物が軽い。


「じゃあ、お世話になりました。」

私が頭を下げると、一応みんな『頑張れよ!』と声を掛けてくれた。

6

よいしょと、景気をつけて歩いて来たけれど、実際のところ、営業部は同じフロアにある。

しかもドアも、隣同士。

異動なんて、簡単なものだ。


「緊張するな。」

段ボールを太ももで押さえ、空いた手でドアを叩いた。

「失礼します。」

ドアを開けた先は、書類だらけの編集部とは雨って変わって、とても整理された場所だった。

「あのー。」

近くを通った人に、話しかけてみた。

「なに?」

いかにもお偉いさんと言う人だ。

「私、来週からこの営業部でお世話になる、斎藤……」

「ああ!もう来ちゃった!?」

言葉が詰まる。

えっ?

まだ来ちゃダメなの?


「……月曜日、出直して来ます!」

お偉いさんに、クルっと背中を向けた時だ。

「あっ、待って!おい!間野!」

そのお偉いさんは、誰かを呼んだ。

「はい。」

「異動になった子、今日早速来たぞ!」

7

その言葉を聞いて、黒髪のシャツ姿の男性が、こっちへ向かってきた。

「あんた?」

「は、はい。斎藤……」

「ああ、いいから。段ボール持ってこっち来て。」

それだけを言うと、黒髪、シャツ姿の男性は、自分の席まで、また戻って行く。

「有り難うございました。」

私はそのお偉いさんに頭を下げ、黒髪の人に付いて行った。


「ここ、あんたの席。」

「はい。」

思いっきり、黒髪の人の隣だ。

「間野裕一。よろしく。」

「あっ、斎藤……」

「早速だけど、この資料。10部コピーしてきて。」

これで2度目だよ。

自己紹介、遮られたの。


「できないか?」

「いえ、やります。」

私は資料を間野さんから受けとると、段ボールをそのまま机の上に置き、コピー機を探した。

「あっち。」

なぜコピー機を探している事が分かったのか、間野さんは一人でに右奥を指差した。

8

「……どうも。」

一応お礼を言って、私は右奥にあるコピー機を目指す。

ああ、この壁の奥は、さっきまでいた編集部だ。


急に懐かしさが込み上げる。

でもそんな感傷に浸っていられない。

私は今から、資料を10部、コピーしなければならないのだ。


「えっとー。ここにセット。はい、スタート。」

ボタンを押してすぐ、資料がグチャっと言う。

「うわっ!」

慌てて資料を外して見ると、今最新の針を使わないホチキスで、資料が留めてあった。

「あーあ。」

こうなると、一枚一枚外さないと。

って言うか、資料の1枚目。

クシャクシャになっているけど、これでコピーできるかな。


「おまえ~!」

「へっ?」

後ろを振り返ると、間野さんが睨みながら、私を見ている。

「ひっ!!」

「俺が作った営業資料を、よくもそんなふうにしてくれたな~。」

「す、すみません!」

異動初日から、怒らせた?

9

「そこで待ってろ!」

「はい!!」

怒りながらズンズン自分の席に戻って行く間野さんの姿が、サイズを縮小したコジラに見える。

しばらくして、間野さんは何も持たずに、コピー機まで歩いて来た。

「出たか?」

「何がですか?」

「資料の1枚目だよ!」

間野さんが大きな声を出した時に、コピー機は急に“ピッ”という音を出した。

そしてスーっと流れてくる、印刷された紙。

「それだ。」

私が印刷された紙を手に取ると、すかさず私に顔を近づける。


あのー。

近いんですけど。


「よし。これを使え。」

「えっ?」

「今度はグチャグチャにするなよ!」

そしてまたドスドスと、帰って行く。

もしかして、私の為にやってくれた?


「間野!会議の資料、いつできるんだ!」

「今、コピーしてます!」

立ち上がった間野さんは、後ろを振り返ると、私に向かって手を動かした。

10