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11.サヴォタージュ



私は冷たい女なのです。


貴方の望みを知っていて、
それを与えているだけだから。



たっぷりと与えておきながら、
いつか全てを奪う気がします。



貴方を幸せにしてあげたいけど、
不幸にしてしまう気もするのです。





怖くて怖くて、嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、怖い。


どうして恋は、
その両方を与えてしまうのでしょうか…。









……

「いいよねー、雅は。
努力せずに欲しいものを手に入れて。

芳に飽きたら次は番匠くん?

今だから正直に告白するけどさ、
私ずっと芳が好きだったの。

でも見ていたら分かったんだ。

芳と雅は好き同士なんだって。
だから必死でその気持ちを抑えてた。


ようやく新しい恋をしようと決心して、
お見合いパーティーで出会った男に
コツコツと貯めた貯金を騙し取られて。

挙句の果てに、
飲み屋で知り合った男に乱暴されて、
その画像をネタに強請られたの。

あははは、笑っちゃうでしょ?

うっ、ううあぅ、
ひっ、ぐっ。

…本当に酷いよ、雅。
…芳の次がどうして番匠くんなの?

私、この人だけは
信じられると思っていたのに。

ねえ、雅。

私と番匠くんが
付き合ってると噂になった時、
何故すぐに否定しなかったの?

そうすれば私が傷つくことも無かったよ。

どうせ番匠くんがモテるから、
周囲の反感を避ける為、
そのままにしておこうと考えたんでしょ。

私なんかどうなってもイイって、
きっとそう思ったんでしょッ?

ほんとアンタって最低!!」




2

恐ろしいほどの悪意が、
私の意識に流れ込んでくる。

喉の奥が乾き切って、
声の出し方すら忘れていた。

何か答えないと、
この人の怒りを鎮めないと。

そう思うのに、
出てくるのは嗚咽にも似た咳だけだ。

コンコン、ゴホッゴホ…。

傍にいた光正が慌てて私の背中を擦るが、
その咳は一向に止まる気配が無い。

ゴホッゴホッ、ゲホ…。

それを『煩い』と言わんばかりの表情で
こちらをジットリ睨んだかと思うと、
瞳さんは低い声で呟いた。

「どうやらアンタは、
相手の気持ちに立って考えるということ
が出来ない欠陥人間のようね。

こんなクソみたいな女に、
世の中の男はどうして騙されるのかしら」

コンコン、ゴホゴホッ、コンコンコン…。

なんだかもうパニック状態で、
咳が一段と激しくなってくる。

後から後から涙も出てくるが、
それは咳だけのせいでは無いようだ。

いつしか光正の両腕は
力強く抱き締めてくれていて、
私はその胸の中で沈黙を保つ。

ドンッ!!

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

だが、その音の発信源を辿ってみると
芳が瞳さんを壁に押し付けていて。

彼女を睨み付けながら、
唸るように言ったのだ。

「これ以上、雅のことを侮辱するな。
雅はクソ女なんかじゃないッ!」




3

滅多に怒らない芳が、
もの凄く怒っていて。

そう言えば先日もこんな姿を見たけど、
確かその時も私絡みだったなと思い、

ひたすら心の中で詫びていた。

ごめん、芳。
迷惑ばかり掛けて、本当にごめん。

そんな私の気持ちを察したのか、
光正は私の睫毛をそっと撫でて、
涙の雫を自分の人差し指へと移す。

なんだかその行為がとても美しく思えて、
一瞬だけ置かれている状況を忘れた。

「あのさ…」

現実に引き戻してくれたのは、
やっぱり芳で。

瞳さんはどうやら
その剣幕に怯えているらしく、
彼の言葉を虚ろな目で聞いている。

「なんかもうアンタ、
雅に責任押し付け過ぎじゃないか?

だってよく考えてみろよ。

今まで彼氏がいなかった、
結婚詐欺師に騙された、
続けて別の男にも騙された、

…ハッキリ言うけどな、
全部それ、自己責任だぞ?

きっと『私は人より傷つき易いの』
とかなんとか言い訳ばかりして、
誰とも付き合わなかったんだろうけどな。

そんなもん、アンタだけじゃなくて、
みーんな傷つき易いんだっつうの。

そうやって逃げてばかりいたから
経験値が一向に増えなくて、
バカな男に騙されるんだよ。

しかも続けて2回って、
もう救い難いよな?」



4

瞳さんの表情が
畏怖から憎悪へと変化したが、
それでも芳は攻撃を緩めない。

「アンタ、さっき雅のことを
『相手の気持ちに立って考えることが
出来ない欠陥人間』とか言ってたけどな、

そもそも相手の気持ちなんて、
分かるワケ無いんだよ。

人は自分の気持ちを悟られないようにと
隠しながら生きているんだから。

いや、それよりも自分の物差しで
相手の感情を測ること自体、無理なんだ。

相手の立場になって考えてみて、
自分ならこうすると思ったとしても
それは所詮、自分の考えでしかない。

相手がそうしたいのかと言うと、
絶対に違うだろ?

あのな、人間は10人いれば
10人とも考えが違う。

だから黙ったまま、何も発信せずに
『理解しろ』だなんて物凄く傲慢だ。

傷つくのが怖くて伝えられないのなら、
そのせいで失うことが有ることも
承知していたはずなんだ。

…俺を好きだったのに
雅のせいで諦めたみたいに言ってたけど、
『そんなん知るか!』って感じだし。

そんで、番匠さんに勝手に乗り換えたら、
また奪われたとかさ、

ビックリするほど雅に関係無いじゃん。

だって諦めてたから、
何も行動しなかったんだろ?

自己完結してたクセに、
他人の幸福が妬ましくなって、
それに難癖付けて嫌がらせするとか、

俺から見るとアンタの方が
メチャクチャ性格悪いと思うぞ。

その調子じゃアンタ、
一生幸せになれないだろうな」


5

芳の性格から考えると、
自分が憎まれ役になろうとしているのだ。

それで私から気を逸らそうと。

経理部の佐久間さんの件といい、
今回の瞳さんの件といい、
どうしてそこまでしてくれるの?

そんなことを思いながら芳の背中を
ジッと見つめていると、
一瞬だけ振り返りニカッと笑ってくれた。

『大丈夫だぞ!』とでも言うかのように、
いつもの屈託の無い笑顔で。

だから私も反射的に笑い返してしまう。

涙でグチャグチャの顔のままで。

その笑顔を
どうやら違う意味に受け取った瞳さんが、
目を吊り上げて怒り出す。

「何なのよ、その顔?!
私をバカにしてんの!!

男2人を味方に付けて、
勝った気になってるんでしょうけどね、
死ぬまでそうやって誰かに
頼って生きていればいいわよッ。

あああッ、もう、ムカつく!!」

そう叫んだかと思うと
ヒール靴の踵で芳の足を思いっきり踏み、
痛みで飛び上がった彼の体をすり抜けて
物凄い勢いでこちらに向かって来る。

「…えっ?」

短く問う私の声は、
そのまま絶叫に変わった。

「きゃあああああッ」
「雅っ!」

火事場の馬鹿力というものだろうか。

女性とは思えないほどの力強さで
瞳さんは私の右腕をムリヤリ引っ張り、
そのまま階段の最上段から突き落した。


6

段数を数えたことは無いが、
たぶん高さ3m以上は有りそうな階段だ。

そんなところから落ちれば、
無傷でいられるはずが無い。

ふわっと体が宙に浮き、
最悪の事態を覚悟した…その時。

ギュッと瞼を閉じたので
何が起きたのか分からなかったが、
気付くと柔らかな何かに包まれていた。

階上から光正が駆け降りて来て、
私を引っ張り起こしてくれたので
ようやく事態を把握する。

「よ…し…。
嘘、なんで??どうしてこんな…」

私を庇ってそのまま一緒に落ちたらしく、
グッタリ倒れて動かない。

「やだ、芳!!
目を覚まして、死なないでよお」

その顔色は真っ青で、
口元に耳を寄せると
なんとか息はしているようだ。

「芳、ねえ、芳、死んじゃやだってば!
芳、よーし──っ!!!!」

隣で光正が救急車を呼ぶために
電話を掛け始めると芳の口が微かに開く。

「…さいせい…い病院」
「えっ?何、もう一回言ってみて?!」

「済成会病院の神崎先生で…頼む」
「神崎先生?何なのその人?!」

「しゅ…じい」
「……」

あまりにも頭の中が混乱していて、
その言葉を理解するまでに
時間を要してしまった。

でも、確かに芳は言ったのだ
…神崎先生は“主治医”だと。

それは芳の身に
何かが起きているということを、
教えてくれるには充分な言葉だった。


7




……

救急車のサイレン、
遠巻きにこちらを見ている人たちの囁き、
部長に状況を説明する光正の声、
大勢の足音。


そんなものに紛れて、
一瞬だけ芳が目を開けて私に問う。

「み…や…び?だい…じょ…ぶ…か」
「うん。芳のお陰だよ、本当に有難う」

自分は全然大丈夫そうじゃないのに、
こんな時まで私の心配をしているのかと
思ったらより一層泣けてきた。

ぎゅっと手を握りしめると、
弱々しく握り返してくる。

それから嬉しそうにニカッと笑った。

…ああ、もうダメだ。
どうしよう、もう隠しておけない。


やっぱり芳が好きだ。


次から次へと溢れ出てくる涙の粒が、
まるで『好き』という気持ちを
具現化しているみたいで。

私は気持ちを伝えるかのようにして、
どんどん涙を流す。

「芳ィ、死なないでよお」
「バ…カ、し……よ」

たぶんそれは、
『バカ、死なないよ』と言ったのだろう。

その言葉を信じて、
ひたすら私は泣き続ける。

ぽとりぽとりと、
“好き”を落としていく。




…そして気付けば、
病院の待合室にいた。


8

「もしかして、雅ちゃん?」
「綾さん!」

隣に座っている光正に、
目の前の優し気な女性が
芳の姉であることを紹介する。

それから綾さんにひたすら詫びた。

「あの、全部私のせいなんです。
私を庇って芳は階段から落ちて…。
本当に本当にごめんなさいッ」

笑うと芳にソックリなその人は、
ポンポンと私の背中を撫でながら言う。

「いま聞いたらね、奇跡的に外傷は
左足首の骨折と左腿打撲だけだって。
さすが元バスケ部って感じだわ」
「ほっ、本当ですか?!」

「うーん、でも問題は頭の方かなあ?
取り敢えず明日、精密検査するって。
ほら、知ってると思うけど
あの子2回も手術してるから…」
「手…術?」

「えっ?!やだもう、あの子ったら。
雅ちゃんに言ってないの??」
「あのっ…芳の病名を
教えてくれませんか?」

私の視界にはもう、
綾さんの唇しか映っていない。

その唇がゆっくりと動く。

「脳腫瘍よ」
「脳腫瘍?!」

そして突然早口に変わり、
一気に説明が始まる。

「腫瘍ってね、雑草みたいなもので、
根っこを取らないと
繰り返し何度でも出来るらしいの。

芳の場合は面倒な位置に根っこが有って、
定期的に手術するしか無いんだって。

その腫瘍も毎回違う形で出来るから、
場合によっては失明とか全身麻痺とか、
最悪の時は死ぬとも言われているわ。

20代で発症して、
60代まで生きた人もいるし、
逆に1年しか生きられなかった人もいる。

頭に爆弾を抱えた状態で、
芳は暮らしているのよ」


9



それを聞き、
私は全ての謎が解けた気がした。

ああ、そうか。
芳は私だけを選ばなかったのでは無くて、

…選べなかったのだ。

ねえ、そうなんでしょう?芳。

アナタは多分、
私を大切に思ってくれているからこそ、
悲しませたくなかったんだよね?

だから友達のままでいる為に、
他に彼女を作って牽制した。

そのくせ、彼女よりも私を優先し、
何度も何度も破局して。

…ああ、きっとそうに違いない。

だって時折見せたあの目は、
言葉よりも雄弁だった。


芳は私のことが好きなのだ。


ずっと…そう、ずっと。
もしかして初めて会ったあの日から…。

まったく。

絶望と共に
こんな喜びを用意しておくなんて、
神様もなかなか粋なことをしてくださる。

「あの、綾さん。
もしかして芳の病気が発覚したのは
高3の時じゃないですか?」
「えっ?ええ、そうよ。
確か夏休みに体調を崩して、それで…」

あの嘘吐き男め、
そんな昔から私を騙していたんだな。


10