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【第一章】夢に向かうまで。

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【第一章】夢に向かうまで。

「イラストレーターになる!」

と、決めたのは高校生のころだったと記憶している。
小・中学生のころは「漫画家になる」だった。でも別にストーリーを考えたりコマ割や台詞回しに興味があるわけではなく、単純に絵を描きたいだけであった。まだ「イラストレーター」という言葉を知らなかったから「漫画家」と言っていたのだろう。つまり、絵を描いて暮らす、というのは物心ついたころからの夢だった。

絵を描くのが楽しくてしょうがなかった。子供のころ、テレビ番組を見た記憶がほとんど無い。M78星雲から来た宇宙人も、数人で1体の敵を倒す卑怯な戦隊ヒーローも、昆虫ライダーも何も知らない。今思えば、皆がテレビを見ている時間を全て絵に費やしていたのだろうと思う。別に大作を時間かけて描くというようなものではなく、当時「らくがき帳」と呼ばれたB5サイズの普通紙におもいつくまま落書きしていただけなのだが、兎に角何か描いていた。同級生がクラスでテレビの話題をすれば全くついて行けず、クラスメイトからはある種の顰蹙を買い、バツの悪い思いをしていたが、図画工作の時間が来るや水を得た魚のように活動し、その時間の中だけはクラスメイトから一目置かれていた。イラストレーターで、こういう経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。

白い紙に「意味は無い」が、鉛筆を走らせて図画が描かれると「意味のあるもの」に変化する。そこに命が宿る、世界が生まれる。つまり、「絵を描く」という行為はその白い紙の中に世界を作り出す「造物主」になれるということでもある。子供のころの僕が絵を好きな理由を大まかに二つ上げるならば、「みんなから上手と褒めてもらえるのが嬉しい」という単純な虚栄心と、「造物主、つまり神になれる」という恍惚感を子供心ながら味わっていたのだろうと思う。

クラスでは数人、絵を描く仲間が居たが、中学になると一気に減った。みんな勉強し始めて時間がなくなったということもあるが、絵を描くことに興味を無くした奴が殆どだったように思う。「ここで辞めた奴らがまた描き出すとは思えない・・・」そう思うと非常に寂しい思いがした。僕はまだ、白い紙を前にすると無限に広がる世界とその恍惚感の虜であったから、絵を描くことは一生続けていくし、そのためにはこの気持ちを持ち続けなければならないという思いがあった。

高校に入って、やや本格的に情熱を持って絵を描いている奴らと数人出会ったけれども、悲しいかな3年の間にその情熱も弱まり、卒業のころには全然残っていなかった。卒業を前に「漫画家になるんやろ?そろそろ本格的に動こうぜ!」と語ったが、「あー・・・漫画家な・・・なれたらなるよ」という友人の気の無い返事に僕は憤慨した。「なれたらなるよって・・・そんなんでなれる訳あるかい!」初めて絵に情熱を持っていた仲間だっただけに失望感が強かった。

それから、すぐに会社員になった僕は、ライバルと呼べる友人も居らず、供に夢を語り合う仲間も居ない状態で、「イラストレーターを目指している」という言葉もどこか虚しく響くようになり、自然、口を閉ざすようになっていった。

家族も僕が絵を描き続けていたことなど知らなかったと思う。
描いた絵はすぐ引き出しにしまった。

あまり内輪の恥を晒すのもどうかと思うが、中・高校のころは家庭が非常に荒れていた時代であった。家庭が、というよりウチの場合は父親が、である。酒を飲んではモノを壊す、飲酒運転で交通事故を何度も何度も何度も起こす、八つ当たりにペットを殺す、母を殴る、ガラスを割る。家具を壊す。まあ、ロクでもなかった。
そんな状態だったので早く母親を連れて家を出たかった。そのために大学など行って悠長に学生などしてる場合ではなかった。なによりウチは非常に貧乏であった。当時父親が作った借金は、今なお僕が支払っているほどだ。
高校の先生が「そうかぁ・・・お前就職すんのか・・・もったいないなぁ」などと言って大学や専門学校などのパンフレットを引き出しに閉まっていたのを思い出す。選択肢は無かった。これでいいのだと思っていた。(つづく)

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