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正直屋 宗園

宗園は茶臼を挽きながら今日届いた茶の香りを吟味している

「栂ヶ尾・・・」


と心中で確かめながらゆっくりと臼を挽いた

栂ヶ尾の茶園で製された茶葉は上質でいて大変高価な物である。

明日は連歌と引き続き茶の湯の會が催され宗園が亭主を引き受けている。

客組は三好義賢公と今井宗久殿 北向道陳殿の子息の洛郎殿 三名である。

義賢公は畿内に久方振りの凱旋である。歴戦のお疲れもあり、お慰めの一助として御奉仕する會ならば用意も家人逹に頼らず宗園一人が心を配っている。

宗園が茶を挽き終え慎重に、茶を引溜に移した頃合に

義賢公の御使者が前礼に来られた。儀礼的な応酬の後、御使者から頂戴した書状を開けると

「昨日、堺屋敷に到着した。貴処に楽しみに伺いたい 出来れば久しぶりに釣釜の所作を見たいものだ 云々
一笑々
正直屋宗園殿
実休 」

釣釜は茶席天井の釘に鎖を配し、鎖の先に釜を備えるものである。風情のあるもので最近巷で流行っている。

署名の実休とは義賢公の雅号でよくお使いである。後 物外軒という号も知っている。

書状を拝読した宗園はさっそく釣釜の用意を施した。

會の朝は朝霞が綺麗な中、秋最中の風情が漂っていた。釣瓶には蜻蛉が停まり水の清音が井戸から聴こえている

正午から初まる催しなので朝の用意が物を言う。

宗園の連歌を催す座敷は「秀石」という愛称がつけられており三畳いささかの茶席は、その「秀石」から露地つたいに設けられていた。両席共、義賢公の好みで現場指導は宗園の茶の湯の師、竹倉屋紹滴が司った。

「秀石」は、十二畳の座敷で床は一間半で床柱に北山杉を用いて、脇に書院床があり、二段の板が違い床となっている、趣向の深い物で材は桐木地である。

茶席は小さな潜り戸を付けた、大層ひなびた作りで窓も少なく、外観の屋根は藁葺きであった。

壁は塗りっぱなしで、茶の湯らしい質素な佇まいといえる。床は一間あり広く奥行があり、床柱は品の良い肥松が使われている。

床の並びに一畳程置いて茶道口が設けられ炉は台目切りにしている。

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