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冬の日の殺人

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冬の日の殺人

 



 夜道は怖い。

 お化けは逮捕できないからだ、と思いながら、二ノ宮漱子(にのみや そうこ)は夜の住宅街を歩いていた。

 気のせいだろうか。
 後ろから、「アブラハムの子」の唄が聞こえてくる気がする。

 子供の頃、よく学校などで踊らされる陽気な曲だが。

 こんなところで聞こえてくると怖いな、と思ったとき、それに気づいた。

 いつの間にか降っていたらしい雪の中、四つ辻の向こう、一際明るいコンビニの前に、灰皿で煙草をもみ消している男が居る。

 肩がミリタリー調になっているグレーのコートを着た大柄な男だ。

 顔は整っているが、少し野性味が強すぎる感じがした。

 漱子が足を止め、見つめていたせいか、距離があるのに、男もまた漱子を見た。

 その視線に引かれたように、男の近くまで歩を進めた漱子は彼に訊く。

「それ―― 貴方の煙草?」
と。





 


 
「後ろから一突き。即死だな」

 その広い書斎は落ち着いたイタリア製の家具で纏められていた。

 絨毯は元より赤黒く、ぱっと見ただけでは、血の跡はわからない。

 被害者の加東(かとう)将也(まさや)は五十六歳。

 あまり評判のよろしくない古美術商だ。

 どっしりとしたデスクの上に椅子とは反対側から、だらしなく突っ伏している。

 デスクの側では、白衣を着た長身の男が、加東を厭そうに見下ろしている。

 死体とは対照的にすっきりとした容姿の男、監察医の榊蒼以(さかき あおい)だ。

 補佐の各務が加東を動かすと、遺体の下になっていた黒い厚みのある歪み茶碗が顕わになる。

「……織部か」

 艶やかでごつごつとした器の底に、身体を伝い落ちたらしい血が、ちょうど茶を飲むのに良さそうな量ほど溜まっていた。

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