/ 292ページ

プロローグ「チュートリアルを開始します」

(1/21ページ)

プロローグ「チュートリアルを開始します」

 
星の海を泳いでいた。上下の感覚はあやふやで、けれど両足は確かに慣れ親しんだ大地の感触を得ている。


足元には底の見えない闇と、美しい青い惑星。三百六十度、見渡す限りに数えきれない光の礫が広がり、その迫力たるや、絢爛なプラネタリウムを優に勝る感動を見る者に与える。


「一応、引き継ぎはしておこう。ないよりはマシだからね。うんうん」


が、生憎この青年はそんな情緒は欠片も持ちあわせていない。それどころではないというのが本音ではあるのだが――青年こと平野恵流《ヒラノ エル》は、生身と錯覚するほどの滑らかな音声ガイダンスに従って、淡々と初期設定の手続きを進めていた。


『引き継ぎ処理を正常に完了しました。初期設定を省略しますか?』


――いいえ。


『学科を設定して下さい。学科は、特定の条件を満たす事で変更が可能になります』


恵流の眼前、中空に複数のディスプレイが整然と並んだ。それぞれの学科と、その詳細が画像と共に説明されている。


『戦闘技術科』は、近接戦闘に必要とされる能力値《ステータス》に恵まれた学科だ。耐久値や攻撃力に増加補正が掛かるが、その半面に魔法力(=MP《マジックポイント》と影響/効果《エフェクト》の威力)が減少する。


『魔法学科』は、魔法(=影響/効果《エフェクト》)を扱うのに有利な学科だ。魔法の威力とMP《マジックポイント》が向上する代わりに、耐久値と攻撃力が下がる。


『兵器開発科』は、幻装《デバイス》の性能を引き出す事に長けた学科だ。幻装《デバイス》の補正値に恩恵を得られるが、総合的な能力値《ステータス》倍率がやや低めに設定されている。


『普通科』は、この設定世界では不名誉な地位にあるが、プレイヤーにおいてはその限りではない。そのままの能力値《ステータス》で望む学科だ。メリットはないが、デメリットもない。


それぞれの学科には他にも特殊な条件下で発揮される固有技能もあるが、さしあたりはこんな所だろう。


恵流はさして悩む事もなく『兵器開発科』を選択する。恵流の学科別の習熟度は引き継ぎをしていても『1』で、これは言うまでもなく最低値だ。


『学科を設定しました。バングルを魔石に変換します。魔石を埋め込む部位を選択して下さい』


「強化シナリオと銘打っていても、引き継ぎ以外は初期設定の手順に変わりはなさそうだ」


凡そ半年前にも、恵流は全く同じ手順を踏んでいた。

 
『初期設定を正常に完了しました』


強化シナリオと銘打つからには、ここにも追加コンテンツがあるかも知れないと期待していた恵流だったが、どうやらその期待は外れたらしい。


『突如、世界の諸所に出現した異界に繋がる巨大な門――通称、ゲート。この設定世界の貴方は”ツァオベライ魔法軍事学校”の生徒として、ゲートより来る侵略者達に対抗する為の力を付けていく事になります』


勿論この説明文句も記憶の焼き直しだ。初めての時は、さしもの恵流でも大なり小なりわくわくしたが、二度目ともなれば感動も薄れる。


『ランクマッチで階級をあげて困難なクエストに挑んだり、ギルドを立ち上げて、気の合う仲間と共に難敵に臨むなり、あるいは武具職人として身を立てる事も可能です。学校の中には、貴方の力になってくれる人物がいるかも知れません。全て貴方次第です』


恵流は音声ナビを聞き流しながら、初期設定を省略した堪え性のない者達は、とっくに初期化された設定世界の大地を踏んでいるのだろうかと思いを巡らせる。


『これより貴方を第四設定世界”廻星のアリス”へ転送します。チュートリアルを省略しますか?』


――いいえ。


長らく没入しなかった分の復習は済ませている。この選択をしたのは、あくまで念の為だ。


『転送先を教室に変更し、チュートリアルを開始します。それでは最後に――』


その瞬間、フッと足場が失われ、恵流の身体はありもしない重力に引かれて落下を始めた。行く先を見れば、白い渦が待ち受けている。そして、間もなく。


『――入学、おめでとうございます』


吸い込まれるように、渦に飲み込まれた。視界が光に染め上げられ、意識が切り替わるその直前。不意に、その声は聞こえた。


『当該アバターから<プログラム:ミレクシア>を検出』


「あ」


ミレクシア。それは、恵流と恵流を取り巻く一部の人間だけが知る第零設定世界だ。その名前を耳にして、恵流は薄れかけていた意識を繋ぎとめようとする。


『実行エラー。当該アバターは実行する為の条件を満たしていません』


けれど、既にシステムに掌握されている意識は恵流の意に反して、別の仮想領域に沈んでいった。


 ◇   ◇   ◇

/ 292ページ

プロローグ「チュートリアルを開始します」

(2/21ページ)

みんなが送ったスター数

764

この作品にスターを送ろう!

明日のスターも待ってます!
(1作品につき1日1回 押せます)

新着ピックアップ

急上昇ランキング|現代ファンタジー