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葬送~空弔い~

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葬送~空弔い~

 がらり、と襖を開けた。そこには疲れた顔をした中年の男と、それに寄り添う女がいた。
「ああ、叔父さん、もうそんな時間ですか」
「うん、代わるから二人は早く寝なよ」
 扉の開く音に顔を上げた甥は眠そうな目を擦りながら言った。隣にいる彼の妻は、しゃきっとしたもので、そんな彼を呆れたように見ている。普段彼が妻の尻に敷かれているのは容易に想像が付いた。
「叔父さんしんどくないですか、大丈夫ですか?」
「僕はさっきまで仮眠とってたから」
 二人に近づき、その向こう側にある棺の中を覗き込む。
 柩の中では、穏やかな顔をした兄が指を組み、静かに横たわっていた。目元には横に走る笑い皺。年を重ねたことで刻まれたそれは、彼の人格を物語る。
「綺麗な顔してますよね」
「そうだよね、いい顔してる」
 そう返すと甥は、眉を下げて困ったような、切ないようななんとも言い難い複雑な顔をした。
「なんていうか、昔にもどったような気がします」
「昔?」
「その、父がボケる前と言うか……まさかあの父がボケるとは思わなくて」
 ああ、と頷く。正直、自分も予想外だった。
    

 兄は、あれほどまでに力を入れていた仕事を、あっさりとやめた。一般的な定年と同じくらいの年齢だったはずだ。弁護士という仕事の性質上、仕事を続けることも当然できたが、彼はそれをすることはなかった。
「もう年だからね、判断ミスをしてしまったら救えるものも救えないだろう? 依頼人の最善を考えるなら俺はもう引き際だ」
 そう言って微笑んでいた彼の顔を思い出す。しかし、仕事人間が退職するとやることがなくなり、途方にくれるというではないか。兄も家族のため、依頼人のため、周りの人間のために駆け抜けてきた人間だった。ただ、そんな一般論と兄に重ねた人間はいなかっただろう。彼は多趣味で、当たり前の日常も楽しんでいける人だったからだ。人との関わりもけっして少なくはなかった。
 だから自分も、まさか退職を皮切りにボケるとは思わなかった。余生を楽しみきるようにアクティブに活動をする、そんな姿しか想像できなかった。否、誰しもがそうであるよう、身勝手な願望を押し付けていたのだ。それは自分とて例外ではない。
「……俺の名前も、分からなくなっちゃってさ……」
    

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