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満開を知らない彼女

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満開を知らない彼女

 不思議なことに彼女は満開の桜を見たことがないという。そんな日本人がいるものかと思ったが、聞けば確かに日本生まれ日本育ちだというのでますます不思議だ。
「私の故郷には桜の木がないので」
 桜の木がない町。学校の校庭、近所の公園、川沿いの道、そうしたところにごく普通に、しかし春になればこれ見よがしに並んでいる桜の木が彼女の故郷にはない? 昔は生えていたらしいのですが、と彼女は言った。
「私の故郷は大分の山奥なんですが、九州でも有名な街道の宿場だったんです。肥後へ向かうための峠の手前で、多くの旅人がそこで休んで峠越えの支度をしたんですって。その町から峠までの道の途中にその昔は桜の森があったそうで。
 ですが、子供が神隠しにあったり、旅人の馬が突然死したりと太古の昔からいわくつきの森で、しかもそういう出来事はいつも桜が満開の時に起こっていたそうです。
 そして、戦国時代のある年の花の盛りの頃に大きな事件が起こったんです。豊後の大友家の兵が桜の森に潜んで肥後からやってくる兵に奇襲攻撃をしようと待ち伏せをしていました。晴れた日の昼下がり、肥後の方から数十の兵が下ってきて満開の桜の森に差し掛かった時、音もなく風が吹いて、目の前も見えなくなるほどの桜吹雪になり、肥後からやってきた兵が1人残さず消えてしまったそうです。敵兵とはいえ大勢の人が忽然と姿を消したのを目撃した大友家の兵の中には、直立したまま動けなり以後一切口を聞けなくなった者や叫び声をあげながら山野を駆け回った者、飛び退いて転び谷底へと落ちていった者などもいたらしく、それはもう大変な騒ぎになったそうです。

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