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一ノ章 覚悟《いちず》する

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一ノ章 覚悟(いちず)する

美冬(みふゆ)さんが俺を見ていた。


「え?」

「だから、ご飯食べたの?」

彼女が苦笑した。

「ああ、一応食べてきた」

「疲れてるんだね…」

彼女が俺の頬にそっと手を当て掛けた。

でも、それを見る俺の視線を見てやめた。

「大丈夫。ごめん、心配させて」

「ううん。心配できるのが嬉しいの、私」

その表情に戸惑うのは、いつものことだった。

でも、俺の胸ポケットのケータイが鳴ったので、彼女が顔をしかめた。

壁の時計は22時過ぎを指している。

美冬さんに肩をすくめて見せると電話に出た。


「はい、黒川です」

『帰ったばかりのところ悪いな。殺しだ』

「…はい」

俺は係長から場所を聞いて電話を切ると、溜め息を吐いた。

「仕事ばっかりだね」

美冬さんが心配そうな顔で見た。

「仕方ないさ。刑事だし」

「そうだね…。気を付けてね」

「ああ」

美冬さんに軽く微笑みかけると、さっき脱いだばかりのコートをまた羽織った。


彼女とは、もう5年になるのに、ほとんど一緒にいられない。

俺は溜め息を吐くと部屋を出た。

秋とはいえ、この時間はさすがに冷える。

マンションを出て3階を見上げると窓の向こうで美冬さんが手を振っていた。

俺もそれに手を振り返すと現場に向かった。


俺は黒川晴明、30才。

読みは「はるあき」じゃなく「せいめい」。

吉祥寺警察署刑事課強行犯係主任。

家に帰れない日が続き、やっと非番になったと思えば、こうして呼び戻される。

そんな仕事だ。


現場は、井の頭公園より東側の住宅街にある庭付きの戸建てだった。

敷地は広く、豪邸と言っていい部類の邸宅で、かなりの資産家だとわかる。

石垣の上に白いコンクリート造りの塀が続いていて、一段高くなって階段で上がる入り口は鉄製の門扉だった。

もちろん、カメラ付きのインターホンに、警備会社のステッカーが貼られているし、実際何かあった時、駆け付けた警備員へ知らせる黄色の表示灯も付いている。


「お疲れさま」

門扉の前に立っていた警官に声を掛け軽く手を挙げた。

「お疲れさまです」

彼はそう言って生真面目そうな顔で敬礼をした。

俺はそれに軽く応えて中に入った。


中は家の周りと玄関までの小径、そして庭の所々のライトで照らされた所だけぼんやりと明るく、一部強い光がゆっくりと左右に動いていた。

その強い光は鑑識課員が遺留物を探しているライトだった。

そのまま玄関までの小径を行こうとすると、係長の岡野が出てきた。

細身の体で知的な風貌なのに飄々としている。

たまに相手に気付かれない程度に目付きが鋭い。


「おお、来たか」

「遅くなってすみません」

「いいさ。まだ鑑識が作業中だ」

係長は軽く手を振った。

「で、ガイシャは?」

    

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