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第1章 偶然という名の必然

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第1章 偶然という名の必然


 時は仮想十九世紀。
 周囲を海に囲まれた小さな島国は、代々世襲制度を重んじる帝国政府による独裁政治が続いていた。国民は秩序の名の元に身分制度の支配下に置かれ、農村では厳しい税徴収による貧困に苦しんでいた。贅沢な暮らしを謳歌しているのは、権力を盾にして不当な徴収や賄賂などで私腹を肥やしている一部の人間だけである。

 当然、民意が政策に反映されることはほとんどない。そのことに異を唱えるいくつもの反帝府組織が、近年各地で相次いで反乱運動を起こしていた。
 それは時代と共に大きなうねりとなって、後にこの国を揺り動かしていくこととなる──。


 宵闇に包まれる通りを、三人の男達は提灯を片手に足早に歩いていた。彼らは皆、上等な生地の羽織を纏い、腰には立派な業物を差していた。おそらくは武家の中でも、それなりに身分の高い者達なのだろう。

 月明かりはない。夜空は晴れているはずなのだが、昨夜までは霞のようにうっすらとそこにあった細長い月は、今夜はすっかり影を潜めていた。
 辺りは暗い。男達の手にした提灯の灯りは、実に心許なかった。

「いやはや、まさかこんな刻になってしまうとは」

「本当ですね。早く帰らねば、奥方様に叱られますよ?」

 取り巻きの一人が冗談混じりにそう言えば、道の真ん中を闊歩する男は声を上げて笑った。大きく肥えた腹を前に突き出し、男は酷く上機嫌である。

「あれは機嫌を損ねると恐いからなぁ」

「しかし、本当に急がねば。今夜は新月ですし……」

 一番年若い男は、不安そうに辺りをきょろきょろと見回している。彼は何かに怯えているようだった。できることなら早くこの場から立ち去り、走ってでも家に帰りたいのだろう。腰を引き、しきりに周囲を見回す彼は、右手を常に刀の柄尻に添えていた。

「はっはっは、新月の夜は人斬り夜叉が出るという、あれかね?」

「いやいや、よもや伊東様が狙われるなど有りはしないでしょう」

「なぁに、もし夜叉が現れたら、わしの自慢の愛刀で切り捨ててくれるわ! はっはっはっ」

 気弱な若者の言葉に、先頭を行く伊東吉左衛門は再び声を上げて笑った。

 最近世間を賑わせている人斬りの噂は、当然彼の耳にも届いていた。神出鬼没な人斬りは、月明かりのない新月の夜を好んで現れるらしい。
 噂話を信じている若者に反して伊東は、そんな噂話を真に受けるなど、鍛練が足らぬ証拠だと、若者の背中を肉厚な手のひらで叩いていた。噂は所詮噂であって、この広い街で自分が狙われる可能性など考えたこともない。
 豪快に笑う伊東の声に励まされたのか、緊張した面持ちだった若者の表情が少しだけ和らいだ。

「………伊東吉左衛門殿とお見受けする」

「「!?」」

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第1章 偶然という名の必然

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