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「ねえ、小沼くん」

 夕暮れの教室。

 市川天音(いちかわあまね)が目の前に立っていた。

 サラリとした黒髪、くりっとした瞳、小さな唇。
 清純派美少女とはこういうやつのことを言うんだろうな、とつい考えてしまう。

 高校から同級生になったこの女子に、おれは中学二年生の頃からずっと憧れている。

 そんな彼女が目の前、こんなに近くで、おれに言うのだ。

「小沼くんの曲、私に一つだけくれないかな?」

 このたった一つの言葉が、おれの高校生活を、大きく変えることになるのだと、おれはその時にはもうわかっていたんだと思う。

 だって、彼女の言葉におれは何度も人生を変えられてきたんだから。

『バンドをやってるやつはリア充』

 そんな幻想がいまだに蔓延(まんえん)しているのは、どうしてなんだろう。

 事象を正確に捉えるなら、『リア充どもが楽器を持って舞台に立つ』だ。

 あいつらは、なんか、弾けもしないくせに、叩けもしないくせに楽器を持ちたがる。

 サッカー部とか、野球部とか、恋人とか、他に充分リアルを充実させるものがあるというのに、何故かバンドにまで手を出すのだ。

 そして、簡単だからという理由だけでスピッツの名曲『チェリー』を学園祭で演奏する。

 それが今、おれの目の前で繰り広げられている光景だ。

 クラスメイトたちがぬるめの温度感で「いえーい」とか言ってる。

 大して盛り上がっているわけでもないし、多分、あれを理由にモテるやつなんて、本当はいない。

 あったとして、元々モテてるイケメンが「超かっこよかったよー」とか話しかけられるくらいだろう。クソだ。

 高校一年生の学園祭。

 普通の教室に簡単な舞台を作っただけの、音響もむちゃくちゃでボーカルの聞こえないロック部の演奏を見ながら、おれはなんだか虚しい気持ちになっていた。

 歌の聞こえない、ヘラヘラと笑いながら演奏された『チェリー』が終わる。
 ぬるい拍手とぬるい歓声。

 だけど、次に舞台に上がった女子を見て、喝采が起こる。
 アコースティックギターを肩にかけ、凛とした姿勢で壇上に上がった美少女は、クラスメイトの市川天音(いちかわあまね)だった。
 
「天音、歌うますぎるよね」
「可愛いし、性格もいいし、完璧すぎる......」
 近くの女子連中が、市川のことを褒めそやしている。
 なんだか、少し面白くない気分になる。

「えー、バンドのあとに弾き語りでちょっと照れるんだけど、歌います!」
 
 期待に胸が膨らむ。
 
「それじゃあ、一曲目は......」

 有名女性歌手のカバー曲の演奏が始まる。
 教室中が感嘆の声でいっぱいになる。

「うまい......」
「可愛い......」

 そんな中、おれだけが。

「そうじゃねえだろうが......」

 小さく吐き捨てていた。

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