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ことんと目の前のカウンター席に湯気の上がるカップが二つ置かれた。
それに目を落としているうちに、マスターは私のいる客席側まで出てきて、スツールの一つに座り身体ごと私に向いた。
私はまだ混乱して突っ立ったままで、久しぶりに間近でみる一瀬さんの顔を見ることも出来ず。
手の中で、かさりと音がした。
チューリップの花束を包むクラフトペーパーが、つい力の入った指先で形を変えた音だった。
花束を見下ろして、ようやく思い出す。
私はあの夏の約束を、守りに来たのだ。
「あの……一瀬さん」
「はい」
「私、頑張りました。専門学校、ちゃんと卒業して」
「はい、知ってます。おめでとうございます」
言いたいことは、たくさんある、けど。
花束から視線を上げると優しい一瀬さんの瞳と出会って、涙が溢れそうで声が震えた。
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