10月11日水曜日

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   「やっぱりスパイ的な何かなんじゃないでしょうか?  十月一日付けで営業部に移動してくるなんて、どう考えてもおかしいですよ」  「沖、スパイって何のスパイだよ、まさかの産業スパイか? オレらの仕事内容的に、そんなタイプの虫が引っ付いてくるとは思えねーよ。  そもそも彼は、本店から出向してきた、身元のしっかりした由緒正しいエリート様だぞ。  本店様から見れば、うちみたいな規模の会社は、それこそゴミ虫と同等だろうさ。  通常であれば、眼中にもないはずだ」  「待って、まずはそこからがおかしいのよ。  本店とは言っているけれど、実際うちの会社と本店は、何の関係もないのよ、書類上はね。  ただうちの会社の社長が、本店で役員をやっているってだけなんだから。  あっちは上場企業、うちはただの中小。  しかもうちの会社の発行株式は100%鈴木社長が握っている、書類上はうちは独立しているし、あっちとは何の資本関係もない。  そんなうちの会社に、本店から出向してくる奴がいるって時点で裏があるに決まっているわ!」  ひそひそ声で熱い議論を交わす部下たちの話に耳を傾けながら、犬彦は思う。  五月女の言う通り、一流上場企業から、うちのような中小企業に、明らかなエリートコースに乗っかっている社員が、出向してくること自体がおかしい。  それは犬彦もはじめから感じていた。  だからこの話を…彼が営業部に移動してくるという話を聞いた時点で、犬彦も専務に問いただしていたのだ、これはどういうことなのかと。  「どういうことって、そりゃ赤間くん、君のところの営業部が優秀だからだよ…」  専務室に乗り込んでいき、こんなクソ忙しい時期に新人に来てもらっても困る、しかも新人はまず第二課で一定の教育を受けてから、現場に入ってもらうのが通例なのに、彼を犬彦の直属に付けて、さらには犬彦にマンツーマンで指導をして欲しいなんてことを言われても、納得がいかないと、犬彦は専務の前に立ちふさがった。  すると、立派な専務室の、立派なデスクの前で、専務はちいさく体を丸めながら、犬彦から目を逸らして(専務はいつも、ジッとみつめる犬彦から、怯えるように目を逸らす)上記のことを述べたのだ。  
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