五章

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 鬼にも咲人にも、余裕などないのは分かっている。 (まだダメ、まだ……)  それでも、奈々子はゴーサインを出さなかった。咲人は攻撃できて鬼は迎撃できない、そんな決定的な隙を見つけるまで、彼の背を押すことは許されない。全神経を目に集中し、鬼を穴が開くほど注視する。 (まだ……)  咲人の荒い呼吸が聞こえる。腕が粉砕された痛みを、おくびにも出していない彼だが、明らかに限界が近い。早くチャンスが訪れろと、腹の底で祈りながら見る。瞬きなどせず、ただ見つめる。 (まだ……!)  直後。砂利を踏みしめる鬼の右足が、わずかにふらついた。 「今!」 『裂け』  奈々子の号令に、待っていたと言わんばかりに応じた咲人が、地面を蹴って抜刀する。わずかに鞘から現れた刀身は、纏う妖気を黒く揺らめかせた。  鬼は避けようとするが、右足が膝からがくりと崩れた。狙うのは、腕を失ってがら空きとなった左の腹。崩れた体勢では右手を伸ばせない。反撃できない。防御もできない。 「行っけぇぇぇ!」  思わず叫ぶのと、ほとんど同じタイミングで、 『【童子斬】!』  鞘から完全に解き放たれた刀身が、その銘の通りに、鬼を斬る。
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