4.黒猫の憂鬱

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 社会人になり会社が当然ながら就職先が分かれて何かと私を心配する連絡を寄越してくる葵を少しでも安心させようと、先日のような飲み会にもきちんと参加するようになった。  葵を驚かせるほどの参加率を誇っているのもそういう理由からだ。  友達だとか大事だとか大切だとか、葵をうまく現す言葉は存在しない。  私にとって、唯一の存在。 「寂しくなったら呼べばいいよ」 「は?……って、え、はあああああ!?」  林に手をひかれ歩いていることに気付いたのは、横断歩道を半分過ぎた時だった。  自分の手と林の顔の二度見を繰り返して慌てて手を離した頃には既に反対側へ辿りついていて、要は林に手をひかれたまま私は歩き続けていたという事で。 「手繋いで歩いたくらいでそんな慌てなくても。処女でもないだろうに」 「今の台詞完全にセクハラだからね。信じらんないこの変態」 「あっれー?それが素かー」 「こっち来るな見るな近寄るな話しかけるな」 「それは無理な話だなー。駅こっちだもん」  距離を保とうとする私へ楽しそうに手招きしながら笑う林は、先ほどまでの年下らしさを微塵も感じさせない生意気な男に戻っていた。 「簡単に女の手を繋ぐなって言ったでしょ」 「だって青になったのにぼんやりしてるし話しかけても反応ないんだもん。抵抗しなかったしいいかなーって」 「言い方!やめてそれ」 「なに、俺の事意識しちゃうわけ?」 「しない。絶対しない」  心から楽しそうに笑っている林の顔を思いきり殴りたい衝動に駆られたが、公衆の面前、且つ葵の件に関しては感謝するべきなのかもしれないと思っていた分動きと決心が鈍る。  そんな私の胸の内も透けて見えているのだろう、にこにこと不穏な笑みを浮かべたまま少し前を歩いていた林が急に立ち止まった。
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