第3章 藤壺

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 好奇心に駆られ、私は目一杯走った。息がきれ、胸がどくん、どくん、と波打つ。  駄目だ。もう走れない…。ぜいぜいと肩で呼吸し、顔を下げた。少し休もうか。しかし…。  迷いながら顔を上げたその時、私の中の全てが、音を失った。  音の無い世界で、目に広がる景色だけが、色鮮やかに輝き出す。 「桜の…精…?」  満開に花開く桜の大木の下、花びらを一身に浴びながら、その人は美しく微笑んだ。    その人は静かにゆったりとした足取りで私の元へやって来ると、腰を屈めて、私に目線の高さを合わせた。濡れているような美しい瞳に真っ直ぐに見つめられ、幼い私は顔が熱くなるのを感じる。すると、その人は滑らかな指先で、私の頬に触れた。ますます顔が熱く、真っ赤になった私に彼女は、艶然と微笑んだ。 「こんにちは。可愛らしい花の精さん」  それが、私と藤壺の宮様の出会いであった。
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