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USBを取ってくる、ということだけを考えていた。
サオリさんから住宅地図のコピーをもらい、ひたすらペダルをこぐ。
マンションを見つけ、エレベーターにのり、507号室のドアを開ける。
暗いキッチンを横切り、リビングとベッドルームが一緒になった部屋で、テーブルに置かれたノートパソコンを見つけた。
慌てていたのだろう、ソファには部屋着がそのまま脱ぎ散らかされている。
パソコンが起動していないことを確認し、USBを外すと、そのまま大学にとんぼ返り。
研修会が始まる20分前には図書館に戻っていた。
「笹本、ほんっとにありがとう!」
山内さんは、ぼくの頭をぐしゃぐしゃと撫で、会場に走って行く。
…鍵。
USBを渡すことだけを考えていたので、部屋の鍵を返し忘れてしまった。
わざとでは、ない。
うん、ほんとうに忘れていた。
ほかの職員さんに渡して返してもらう、という手段もあるが、どうしようかな。
忘れたフリ、してみようか。
昨日、教授からもらった資料のことを思い出していた。
腹黒いなぁ、ぼく。
関係を壊したくない、とおもう半面、いまのままでは満足できていない自分がいる。
午後はケータイを気にしながら過ごした。
図書館にいるうちに電話なりメールがあれば、鍵を返せばいい。
自分がどうしたいのか、よくわからない。
結局、バイトの時間が近づき、鍵は返せないまま図書館を離れる。
ケータイが鳴ったのは、バイトも終わり、着替えているときだった。
どきり、とする。
表示されているのは、もちろん、山内さんの名前。
「もしもし…」
「笹本!おれの部屋の鍵、持ったままじゃない?」
「すみません、すっかり忘れてました…今から持っていきます」
自分の猿芝居にあきれる。
「そうしてくれる?マンションの入り口にいるから」
「いま街中なので、10分くらいで着くとおもいます」
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