最終話 恋するチューリップ

24/27
5649人が本棚に入れています
本棚に追加
/372ページ
一歩、店内に足を踏み入れる。 近付くごとに、涙が溢れそうになる。 この時間を狙ってきたのは私なのに、今は『どうして』という思いでいっぱいだった。 だって、開店準備をするにもまだ早すぎるのだ、この時間は。 私と一瀬さんが過ごした、一日の中の僅かな朝の時間。 「おはようございます、綾さん」 カウンターの向こうにいるその人は、少し以前より前髪が長めな気がする。 だけど優しい無表情で、目が合うとほんの僅かにだけ口角を上げる。 私が好きだった、一瀬さんの笑い方。 「お、おはよう、ございます」 「お久しぶりです」 「はい、ご無沙汰して……」 言いたいことはたくさんあるのに、聞きたいこともあるのに。 二年前の朝の時間を再現したような空間に、頭は真っ白になってしまった。
/372ページ

最初のコメントを投稿しよう!