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「言霊には力が宿っている」
薄暗い部屋だ。必要最低限の家具しかない狭い六畳間の和室に、灯っているのは頼りなく揺れる蝋燭の光だけだ。
その光の奥で、少女の唇が静かに言葉をかたどっていた。和装の美しい少女だ。深い藍色の髪はまっすぐに肩先まで下ろされていて、初めて見たときにもきれいだと思ったのだ。
「君が発する言葉も同じだ。誰かを傷つけることもできるし、癒すこともできる」
大きな屋敷の片隅にある離れだった。なぜそこにたどり着けたのか、少年は知らない。
導かれるように行き着いたのは、この屋敷を初めて訪れた日のことだった。
人形のように美しい少女と、厳粛な離れの雰囲気は、どこか異世界じみていた。人間でないようにも思えた。そして、自分はそれを望んでいたのかもしれない、彼女に。
「じゃあ、じゃあ、俺がこのみは死んでいないって言い続けていたら、このみは死なないの? このみは帰ってくる?」
必死の問いかけに少女は曖昧に笑んで、目を伏せた。やわらかい声音が二人きりの空間に響く。
「そうだね。君はずっと願っていたらいい。大丈夫、今は見つけられなくとも、君が願い続ければ、言葉にし続けていれば、届くだろう。いつか、彼女のもとへ」
「このみの? このみをさらった神様のところ?」
まるで神隠しだと大人が口にしていたのを少年は聞いていた。神隠し。神様に選ばれた子ども。その子どもが帰ることはない。
人間がどうやっても登れないような、高い、高い岩の上。彼女が身に着けていた靴が見つかった。ヘリコプターから隊員が回収したそれを確認した両親は泣いていた。
不思議を見ることができたはずの少年の目には、何も映らなかった。
なにも、なにも。
少女の細い手が握りしめられた少年の甲に触れた。またなにも見えない。
そっと縋るように手の甲から視線を上げる。
焔に揺られた彼女の瞳は金色に光って見えた。湖面に光る月に似ていた。
「今は無理でも、君は大きくなる。いつか君の力で彼女のところにたどり着けるかもしれない。君が、あきらめなければ。そして、――」
少女の唇がかすかに戦慄いた。やわらなか声が不意に途切れ、そして。
その続きは、なぜか少年の記憶からすっぽりと抜け落ちてしまっている。
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