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「決して手を離してはいけないよ」
祖母はそう言うと、八重子の手をぎゅっと強く握った。八重子は、もうそんなに小さくないのになと不思議に思いつつ、痺れていく右手につい顔をしかめる。
目の前の長い階段を登れば、この田舎で一番大きな神社だ。祭りの夜だけ吊るされる提灯の赤々とした灯りが、まるで異世界への入口のように、灰色の階段を鮮やかに縁どった。
鳥居の奥にはきっと様々な種類の屋台が並んでいるのだろう。威勢のいいおじちゃん達が客引きをしている声が、こちらまで聞こえてくる。
あともう少し──
八重子は、はやる気持ちを抑えつつ、鳥居までの階段を一段一段ゆっくり上がっていった。この日のために新調した浴衣の裾を踏まないように、細心の注意を払いながら。
着いたっ──
最後の一段を大胆に登りきると、目の前には八重子の想像以上の景色が広がっていた。
焼きそば、たこ焼き、チョコバナナにりんご飴……。美味しそうな食べ物の屋台の羅列に、八重子は目を回しそうになりながらも、一生懸命辺りを見回した。
「やっちゃーん! こっちこっちー!」
どこからか八重子を呼ぶ声がする。声のする方を見ると、『こまち』と『あさこ』が人混みからひょこんと顔だけ出していた。
早く行かなくちゃ──
友達に、祖母と手を繋いでいる所を見られるのが恥ずかしかったからだろうか。それとも、自分一人遅れて到着したことで焦っていたのだろうか。八重子は祖母の手からするりと抜け出すと、一人で駆けて行った。
「八重子……!」
背中から祖母の声がする。しかしもう遅い。
『決して手を離してはいけないよ。さもないと──』
八重子の足は鳥居を過ぎ、境内へ一歩踏み入れてしまった。
『さもないと、神サマに記憶を取られてしまうよ──』
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