26人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
彼とは、古楽アンサンブルを楽しむ会で知り合った。近所の音楽好きが集まり、リコーダーアンサンブルを楽しんでいたのだ。
彼は京大を卒業した秀才で、チェンバロ奏者だ。音楽家を目指し、音楽一色の生活を送っている。
彼は、すこぶる理知的な顔をしている。それは貴族的な顔とでもいおうか、整った顔立ちには高貴ささえ感じたものだ。
コセコセしたところがなく物腰はゆったりしていて、田舎育ちの私には、初めて出会うタイプの男だった。
その彼との会話だ。
「ところで、麻生さんはどんな本を読むの?」
「本は手当たり次第だけど、太宰はかなり読んだかな」
私としては、素直に答えたつもりだ。
ところが、いかにも驚いたように小首を傾げ、「え? 太宰を読むの?」と言うのだ。
彼は、駆け引きや、むやみな自己主張をする男ではない。実に正直で、真っ直ぐな男だ。正直、驚いたのだと思う。
「太宰は女性が読む本だと思っていた」
ふーんという顔で、続けてそう言った。
その顔に私はギクっとした。私は彼の人間性を信頼していた。その彼から軽蔑されたと思ったのだ。
太宰は、確かに硬派の男が好む本ではないかも知れない。私もそう思う。
しかしだ、私が誰を好むかは私の趣向の問題だ。なにも軽蔑される謂われはない。いいじゃないか、俺は太宰が好きなんだ、そう開き直る気持ちになった。
私は彼とは違い、百姓の生まれだ。やはり下賎なのだろう。言い返してやりたくなった。
「あなたは誰を読むの?」
そう聞くと、三島だという。
その瞬間、しめたと思った。思わず舌舐めずりしたくなったがそんな気持ちは押さえ、彼と同じようにただ驚いた顔で、
「え? 三島? 三島はホモしか読まないのかと思っていた」
とやり返した。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!