第三十五話 第三次大陸戦争【ナイアテリダル防衛戦】

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 冷たい刃が皮膚を裂き、奥に連なる肉にめり込む。  血管を断ち切り、とめどなく血が吹き出し──────。  苦悶の表情(かお)に染まるであろうそれは、吹き出る血潮の奥から垣間見えたのは、狂喜に歪んだ狂った笑み。  餓えた獣を彷彿とさせる、凶悪に満ち満ちた笑みだった。  生じた痛みを意に介さず、刃物を拘束しながら後方に向けて蹴りを繰り出す。より深くめり込む刃の事などまるで気にしていないかのような振る舞いだ。雷魔は絶刃の繰り出した蹴りの速度に合わせて軽く跳躍し、最早不要と短刀を手離す。咄嗟の反射行動を以て確実に殺せた筈の獲物による決死の反撃を即座に回避し、次なる手を打つべく行動に移す。  こいつは強い、本心を以てそう言える。そして悟る、確信など欠片も無いが、根拠もなく確信した。この男は、絶刃のルド・レオンベルガーは、ここまでの深傷を負っていても猶余力を隠し秘めているのだと。  舐めているわけでは無いのだろうが癪に触る。我等が今までどれだけの命を奪ってきたと思っているのか。任務とあらば老若男女問わず皆等しく始末してきた。その中にはA級の冒険者も存在している。まだまだ技は荒いが先に叱責した両名も複数人でかかればA級冒険者を始末する事も不可能ではない。無論、事前準備を怠れば返り討ちに合う可能性は残るだろうとも、アギダハート家にはそれだけの手練れが在籍している。  絶刃のルド・レオンベルガー、ナイアテリダルを代表する新進気鋭の冒険者。並のA級を凌駕すると専らの噂の戦士だ。迅速に確実に、頸を掻き切り殺せた筈だ。今は無事とて、やがて出血多量で死に果てる。  適切な止血処置を施さねば容易くその命は掻き消える。  有象無象の虫けらの如く、呆気なく死に果て消える。 「がふ、ぁッはは、ははハハはッ!!」  刃を引き抜き、ぬるりと滑るそれを流れるような動作で投擲する。狙う先は回避行動の最中にある【雷魔】──────ではなく、一連の攻防を前に呆気に取られていたこの中では力量的に劣るおそらくは部下であろう男。咄嗟の反応によって致命傷は免れるも、その動きを読んでいたが如く一投目の軌道を隠れ蓑に連なる二投目に気付くのが遅れ、柔らかな右の眼に短剣が突き刺さった。 「~~~~~~~~~~っっぁあ゛!!!??」  声にならない悲鳴を上げる獲物にとどめを刺すべく血に塗れた豪腕を振るい、その間を縫う様に入り込む一つの影。 「……………ッ!」  【風魔】と呼ばれた年若い暗殺者が無言を貫きながら風で構成された刃を下段より振り上げる。詠唱を破棄して造り上げられたにしては凄まじい切れ味を誇るであろうそれは、容易く肉を骨を切り断つ威力を秘めているのだろう。感ずる流麗の如き魔力の流動が、その上等に過ぎる魔力性質がそれを如実に告げていた。 (魔力の親和性が高い、操作技術も構築速度も凄まじいものだ。姫君様やハスハス様には遠く及ばないとしても、こいつは強い……素晴らしい程に、願ってもない程に!)  瞬間的に攻めの姿勢を崩し変え、大小様々な数多の瓦礫が散らばる地面を渾身の力を込めて殴りつける。轟音を奏でて地面が揺れ、砂塵が舞い、破片が飛び散り、その勢いをそのままに高く高く跳躍するウォルドの背に突き刺さる、冷徹な迄の殺意の奔流。 「油断していたとは言わん、手を抜いていたともな。ただ、そう………ただ殺意が足りなかっただけだ」  雷魔が飛び上がるウォルドよりも更に高い上空に魔力を足場として構築し、立ち誇っていた。可視化される程に濃密な稲妻状の魔力を全身に帯びて、迸る雷をその身に纏って。 「雷魔流魔装技─────────【紫電一閃・疾雷】」
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