6/27
1217人が本棚に入れています
本棚に追加
/214ページ
*******  暖かな日差しが窓を通り抜け、肌にじんわり優しく降り注ぐ。そのうらうらとした陽気に、気を抜くと思わず眠ってしまいそうになる、春。  そう、春だ。世の十五歳ないし十六歳は、これから始まる高校生活に期待に胸膨らませているに違いない。本来なら私もそうだったはずだ。それなのに。 「なんにもなーい!」  思わず車の後部座席で叫んでしまった。窓の外を流れ行く景色は、田んぼ、畑、雑木林、小川、そしてたまに家。紛うことなき『田舎』だ。いや、田舎は嫌いではないのだ。ただしそれは旅行で行くに限る。ここで暮らしていくとなると、やっぱり不安だ。 「ねぇ、お父さん、なんにもないよ?」  反応がなかったので、今度はハンドルを握る父を個人指名した。 「はは、もう少ししたら栄えてる所に出るさ。ここには大型スーパーだって商店街だってあるし、最近じゃショッピングモールもできたらしいぞ!」  父は視線を前方から逸らさずに言った。その声はどこか上擦っている。きっと、久しぶりの地元に興奮しているのだろう。 「そうよやっちゃん。ほら、見て! あんなに綺麗な小川、見たことないわぁ!」  母はまるで少女時代にタイムスリップしたかのように、無邪気にはしゃいでいる。  うん、たしかに綺麗な小川だけどさ、そう言うことじゃないんだよな……。私は、二人から思ったような答えが得られないとわかったので、黙って目的地を目指すことにした。 窓を開け、目を(つむ)ると、春の匂いがした。
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!