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返歌ノ世界  ――僕は猫被りだ。 「……十円のお返しでございます」 「ありがとうございます」  愛想の悪い中年女性店員にも笑顔で礼を口にして、そっとお釣りを受け取る。 「またおこしくださいませっ!」  レジを離れた途端、後ろからはきはきとした明るい声が追いかけてきた。 「いらっしゃいませ! カードはお持ちですか?」  ちらりと盗み見てみれば、先程までの女性店員は、大柄な男性に変容を遂げていた。それだけではない。制服が一新されている。白地に青のストライプが描かれたものから、黒字に青のラインが施されているものへと。  ――ああ、またか。  どうせ、過去で先程までのコンビニ会社が現在のコンビニ会社に営業競争で破れたのだろう。  ただ、それだけのこと。 「……はあ」  僕は小さく溜め息を吐くと、首に下げていたヘッドフォンを装着して雨の町へと踏み出した。  僕の世界は、踏みしめる大地さえ一歩ごとに移り変わっていく、安定と呼ぶには程遠い世界。  理不尽に歪む、夢の世界。 「あははっ、それでさぁ……」  隣で少年の楽し気な声が弾けた。  そして、突如として断線したかのように途切れる。 「う、うん。そうだよね、ぼくもそう思う」  消え去った笑声の代わりに、気弱な声が小さく響いた。  僕はそんな変化を気にも止めず、ゆっくりと通りを歩き続ける。  ぱしゃり、と聞こえる筈のない水音が足元で響いた気がした。音を感じた右足へ無造作な視線を向ければ、濡れたローファーと制服の裾が目に入る。 「…………」  溜め息すら飲み込むと、僕はのろのろと歩き続ける。背負ったリュックが歩行に合わせて揺れ、その度に腰に当たるのがやけに煩わしい気がして、眉を寄せる。
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