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「おねがい、空真君っ!」  空真の下へ茉莉の舌足らずな呼び掛けが届く。  未だに片膝を地面に付けたままだった空真は、慌てて立ち上がると、 「ふっ、任せるが――」  非常事態にも拘わらずに頑として変わらない尊大な語調が、途切れる。 「空真君を運んで! エアブーストっ!」 「ひ……っ!」  情けなく漏れかけた悲鳴をかろうじて飲み込めたのは、ひとえに舌を噛むことに対する恐怖のおかげだろう。  上昇も何もない飛翔感が空真を包んでいた。耳元で絶え間のない風音が鳴り響き、襟元から侵入した空気がバサバサと盛大に服をはためかせる。  茉莉が一度操作を誤れば、地面に顔面から衝突するかもしれない。いくら幼少時に面識があるとはいえ、邂逅から僅か数日しか経っていない空真と茉莉の間には、申し訳程度の信頼関係も何も存在しないない。  墜落の恐怖に身を竦ませることしか出来ない空真を見て、茉莉は唇を噛んだ。 「ごめんね、空真君。怖いよね、信用できないよね……でもっ!」  穏やかともとれる語調から打って変わり、茉莉は焦慮の滲む声で懇願する。 「お願い、空真君のスキルでしかこの状況を打破できないの!!」  ギリリと歯ぎしりが聞こえた。茉莉のものか、それとも己のものか、それすらも判断出来ない中、ひっきりなしに鳴り続ける雑音を物ともしないやけに鮮明な茉莉の声につられて、空真は叫ぶ。 「……ワンアップ、発動!」  空真の叫びが戦場に響いた、その途端。  場の空気が変容を遂げる。 「うおっ、力が……!?」  茉莉のスキルにより、依然として低空飛行を続ける空真が追い越す形で擦れ違った青年が、疑問の声をあげる。  青年はティアズ構成員と拮抗し、鍔迫り合いをしていた筈だったが、一陣の風が脇をすり抜けたその瞬間、己のものとは思えぬような力が体の奥底から湧き出てきたのだ。 「わかんねえけど、これなら……っ!」  力押しで相手の体制を崩させると、がら空きの胴に一閃。  青年は、あれほどてこずっていた敵を、事も無げに戦闘不能へと陥らせた。 「なにこれ……」 「きゃっ、急に!?」 「よっしゃ、いける!」  戦場のあちこちで戸惑いと歓喜を内包した声が上がる。  声は、茉莉によって飛行を続ける空真が辿った道をなぞるように増していく。 「……さすが、俺様のスキル」
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 ようやく少しは飛行状態に馴れてきた空真が、高揚と陶酔感の滲む声でポツリと呟いた。 「ごめんね、空真くん……もう少しだから」 「気にするな。それにしても……くっくっく」 「ど、どうしたの?」  突然笑い出した空真に戸惑う茉莉。  それに気付かない空真は、いつもの病をこじらせたまま叫ぶ。 「くっくっく……ふははははっ! 愉快なものだな、俺様のスキルで戦場が覆るとは!! これぞまさに神が俺様に与えた、王の中の王が持つことだけを許された絶対(以下略」 世界の破滅を企む厨二君が覚醒したスキルは、他人の能力を倍にする「ワンアップ」でした。自分には使えない、下手をすると敵まで強くしちゃう

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