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「悲恋」 「そうなんだ。で、君はどうしたいの?」  懊悩に偽装された戸惑いに、質問を提示した。  正面に立つ彼女が、僕のスーツの袖を掴んだまま俯く。空いた指先が所在なさげに彷徨いた後に、絹糸とは言い難い、多少痛んだ彼女自身の髪へと辿り着く。 「私はどうもしたくない」 「へえ、じゃあなんで僕に話したんだ? 何かを変えたい、または何かの答えが欲しい、とか。そういうことを望んだからじゃない?」  絞り出されたあえかな声からは彼女の願望が読み取れず、僕は彼女の複雑に絡まった心をほどこうと、質問をどんどん足していく。  問題を紐解く要素が足りないのなら、自力であがいて足せばいい。そう、信じて。  彼女は言葉に詰まった。  いくら迷っても、行き詰まっても、答えを出してくれるのなら、僕は待とう。  閉ざされた口唇を見詰めながら、僕は微かに頬を緩めた。  彼女と僕の邂逅は、見合いという名目の他者に作られたものだった。  結婚と銘打った、有益な人種の掛け合わせ。交配させられる家畜のようだと、冷めた目で見合い相手の写真を見て、歪んだ笑みを浮かべた。  それが、今はどうだ。  逢瀬の真似事を重ねる内に、僕の冷めた心はすっかりあたためられてしまった。  他者に仕組まれた未来だとしても、彼女と辿るのならまた一興。飽きもせず、きっと、笑いも絶えないだろう。  そう思ったからこそ、僕は、彼女の答えを――心を、知りたいんだ。  形のよい薄桃色の唇が、躊躇いがちにそっと開いた。 「分からない。から、とりあえず話してみた」  ――分からない。  彼女の言葉が鋭利な刃と化して、突き刺さる。  分からないということは、思考を――心の推移を見守ることに匙を投げたのだろうか。  それも一つの答えのはずなのに、何故だか、酷く裏切られた気がした。 「それじゃあ僕には何も言えないよ。心配顔をしつつ、腹の底でニコニコと笑いながら悩みを聞いてくれるような、他をあたりな。ばいばい」  一息に言い切り、僕は彼女の手をそっと外した。  早くこの場を離れたい。彼女に当たってしまう前に。  心を焦がす激情に、焼き付くされてしまわない内に。  彼女に背を向けていたのは、ほんの数秒だった。辿り着いた曲がり角を左折し、早足に歩き――ぽとり、と磨きあげられた靴に水滴が落ちた。 「雨……?」  呟きは、滲んでいた。
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