麦茶

赤の他人から、家族から、私は自分が嫌いなもの嫌なものを伝える能力が著しく低い。 世間で私が苦手なものや嫌いなもの、嫌なものを知ってる人はほとんどいないと思うんだ。 当然知ろうともしないよね。 昔、自分が嫌だと思う事を人に伝えたよ。 けど、伝わらなかったよ。 どうして私が嫌だと言う事をするの? と聞けば返ってきた答えは 自分は嫌じゃないから だった。 じゃあ、私の気持ちを考えて欲しい と言えば 嫌じゃない事を嫌だとは考えられない と返ってきた。 あたしの為に想像しろ! あたしの為にあたしの気持ちを想像しろ! って、思った。 私の苦手なものや嫌いなもの、嫌なものを伝えて満足した事は一度もない。 いつも私のそれが負ける。 私が嫌われてしまうだけだった。 だから、私は言わなくなった。 仏みたいに怒りの感情がなくて寛容的だと思われがちだけど、時々物凄い怒りを自分の中に感じたりしていた。 物わかりがいい穏やかで大人しく従順だと彼は思っていただろうけど、冷めていたのは私の方だ。 少しずつ少しずつ私が離れていっても、私が感情なく隣にいても気付きもしなかった。 自分にとって都合がいい"私"だけを見るな。 私だって私なんだから、都合の悪い"私"を含めて私なんだ。 都合ばかりがいいとふとした時に見せる都合の悪い私を見て過小評価の嵐だったよ。 耐えられなかったね。 スペシャルディナーばかり食わせていると、時にカップラーメンを出したら物凄く否定するんだな。 カップラーメンばかりでも生きてはいけるのに、私は臆病で嫌われたくないから全てをスペシャルディナーにしていた。 物凄く疲れた。 幸せの基準を上げすぎると、それを下回る幸せに不満を示す。 いつも限界の愛で接するのは疲れる。 私を私にしてくれる人、いなかったんだよね。 100点満点ばかりの子が99点を取るとね、99点よりも何故残り1点を取れなかったかを責めるんだ。 でも、いつも98点の子が99点を取ると誉められるんだ。 99点の価値や重みより、残り1点を取れなかった事を責める人ほど実は100点の価値なんて本当は知らないんだよ。

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