Satori

 少ないページ数の中に複雑な要素が詰め込まれています。 チベットが物語のベース! ……ということで、期待しながら読ませていただきました。  流麗な文章は読みやすく、分かりやすい。 その地域に関する知識がなくとも、物語に入り込めます。 食事や情景など、旅の最中に地域の様子が伺える描写は想像を掻き立てられ、旅好きの私を楽しませてくれました。  賢治の死の理由に、思うことがありました。 それは、人は誰しも予期せぬ時に、予期せぬ場所で命を落とす可能性がある、という事。 安全とは言えない場所でフリージャーナリストとして活動し続けてきた彼は、まさかあのような場所で最期を迎えるとは思ってもいなかったのではないでしょうか。 足音すら聞こえずに、予兆もなく突然訪れる死の瞬間。 濃密な人生を送っていた賢治のあっけない幕切れにリアリティを感じました。  仏教国チベットの宗教観。 全ての生き物が連鎖の中に組み込まれている。生物は誰かの生まれ変わりであるから殺さない。しかし屍は屍。だから布施として提供する。……これは、輪廻転生に興味を持つ第一歩としての作品にもなれそうです。  なぜ天葬を選ぶのか。 彼とて、仕事中の事故での万一を考えないはずがありません(実際は違う理由で亡くなりましたが)。半年も自分を探し続ける恋人がいて、彼自身、彼女へ見せたいものの為に命を落とすほど愛しているわけです。  何か痕跡を残すことで彼女を含めた生きた人間を縛るのならば、何も残さないことで関わる人たちに自由でいてほしい。また、人を知る彼だからこそ持つ、人の業から解き放たれたいという想いが「鳥になりたい」という言葉に同時に込められていたのではないかと私は読み解きます。 ……それは、動けない体で旋回する鳥を見ながら感じたことなのか、ずっと前から決めていたことなのか。  寛治の情報の殆どを『行動』のみで描写することが、様々な捉え方で物語を楽しむことが出来るという側面を生み出しています。 考える為の余白を残した文章構成は、小説の醍醐味を感じさせてくれます。  本を読むことで日常では知り得ない知識を吸収したい、疑似体験をしたいと考える方には是非読んでいただきたい作品です。 楽しませていただきありがとうございました。
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