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 頭から爪先へと軽く撫で回してみるが、服装も、その下の身体にも違和感は一つもない。  自殺した時から何の変化もない――いや。  一つだけ、変化があった。 「夜光雲がない……?」  最期の時も手放さなかった、短い人生で一番好きになった世界「夜光雲は積乱雲を夢見る」が、どこにも見当たらなかった。 「どこやったかな。やっぱ、あの時に落とした?」  あの時。  急速に乾いてひりつく眼球。  ごうごうと耳元で唸る風音に埋まる聴覚。  浮遊感から訪れる本能的な恐怖は内臓を縮み上がらせ、寒気によく似たそれは身体を打つ凍てついた大気と混ざりあって。  まるで、身体の内も外もなくなり、輪郭がとろけたと本気で信じた一瞬だった。  上も下も、朝も夜も、何も分からなくなったその時でさえも、左手には唯一輪郭が残っていた。  人肌に温んだハードカバーの輪郭が残っていた―― 「……っ」  投身自殺の記憶を思い起こして、ぼくはぶるりと身体を震わせた。  出来ることならもう二度と体験したくない記憶だ――とは言え「する、しない」ではなく「しなくてはならない」という決定しか、ぼくには残っていないのだが。 /_novel_view?w=23517976ソーダ水の期待可能性 「なっ!?」  宙吊りで展示されていた恐竜の骨子が、雪崩のように迫りつつある。勇次郎にアジャストされた意識では、咄嗟に対応するのが困難な場所に位置するそれを避けきれない。精巧なレプリカが、恐ろしい質量をもって葉月を押し潰そうと襲いかかる。 「それなら……!」  レイピアの切っ先は勇次郎を捉えたまま、葉月は右手を腰に回し片手直剣を抜いた。しゃらんという澄んだ音とともに剣身が美しい光を放つ。  光は須臾にしてグリーンのエフェクトと溶け混じる。螺旋を描くようにして刃を巡り、剣先へと集成されていく。柄から切っ先までさっと撫で上げるとそれは圧縮され、球体に変化した。葉月はレプリカに剣先を突きつけた。 「砕けろ!」  圧縮された風の弾丸が剣先から放たれた。次の瞬間には距離を無くして接触、と同時にエフェクトはぶわりと拡散した。白亜の骨塊を布のように包み込んでいく。天辺で風布両端が交わり、完全な球体となる。  ばらばらと降り注ぐ破片の雨を掻い潜り、避けきれないものは斬り捨てながら、展示物に挟撃され複雑にうねる通路を駆け抜ける。 /_novel_view?w=23126648戦隊モノでグリーンが主役になるのは可能か
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