舘 追海風

 そういえば、悟猿兄の小説の冒頭は、いつもそんな話だったっけ。  私はおぼろげに思い出していた。  そのうち、彼女の視界に段々輪郭が付いていく。白の世界は白塗りの鉄板とリベットで作られた船室に。小さな窓にはガラスがはまって、その向こうに底抜けに晴れた空と静かな海が広がっていた。 「―所で…」 「はい?」 変わる世界に気を取られていると、さざめき丸さんが話しかけてきて少し焦る。  いや、ゴザルさんで良いかな? 「お主の名前をまだ聞いていなかったでござるゴザル。名は何と?」 やっぱり語尾がおかしかった。何とかならないのかな。 「私は、仁花。応野仁花と言います」 「っ!何と!それでは拙者の書いている小説のきゃらくたあと同じではないか!」 ………。 「…ええ、そうです」 「いやあ、何という偶然!世の中にはこんな事が―」 「偶然じゃ無いです」 「―ぬ?」  ゴザルさんが怪訝そうにこちらを見る。私はゆっくりと、もう一回繰り返して言った。 「偶然じゃ、無いんです―」 「―なるほどのう。そんな事が…」  ゴザルさんは懐から右手を出して顎に被せながら唸った。悩むときの感じも悟猿兄にそっくりだと、私は内心思っていた。  あの後、私は私の経験した全てをゴザルさんに語った。信じてくれるかどうか不安だったけど、まあ彼も悟猿兄の書いた小説の中に出てきた一人なので、異様に物分かりが速かった。  これも誰かが書いたからなのかもしれない。書いたのは誰?悟猿兄?私?水白州さん?シロクマ?ペンギンさん達?それとも、ゴザルさんの小説の中に出て来た他の五人? もう、訳が分からない………。 「―むう。よし!」 「うにゃあ!?」  そこまで考えた時、ゴザルさんがいきなり威勢良く立ち上がった。お陰で私の背筋は超真っ直ぐになっている。ゴザルさん、そんなにお腹から声を出さなくても…。 「仁花殿、分かったでござるゴザルよ」 「…え?何がですか?」 「この世界を救う方法でござるゴザル」 そう言うと、ゴザルさんは居合いの構えをとって、 「破っ!!!!!!!!」 横薙一閃で日本刀を振り回した。そのまま剣は空を切り―ではなく。 世界を切り裂いた。 驚く私の目の前で、彼は確かにこう言った。 「仁花殿、物語も現実も所詮は個人の認識なのでござるゴザル。お主の『世界』はお主が作り切り開く物でござるゴザルよ」

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