黒ノ主

「絵描きのジジイとココアシガレット」 いつも河川敷の同じ場所で絵を描いているジジイがいる。 そしていつもタバコを吸っている。 いや、別に嫌煙家というわけじゃないんだが、なんだ、河川敷をランニングコースにしている俺からすれば煙たいことこの上ない。 だからと言ってタバコを吸うなと注意することもしないし、ランニングコースを変えるつもりもない。 タバコは禁止されているわけでもないし、ランニングしているから煙たいのも一瞬だ。 絵を描いているジジイもいい歳に見える、残り少ない余生を俺がちょっかい出すのも野暮ってもんだろう。 ああ、野暮ってもんだ。 ただタバコが吸えるぐらい元気なジジイだ、そう簡単にくたばるとは思えんがな。 ここ数年、河川敷をランニングコースにしてるがジジイがいなかった試しはない。 たまにマスクにパジャマらしきものを着ている時はあったが、次の日にはさも当然のように絵描きっぽい格好でいた時はさすがに笑った。 もちろんジジイの前を通り過ぎた後で。 土砂降りの雨の時とか外出が困難な時以外は、常にランニングをしている俺だが、同じ時間、同じ場所、同じ画材で絵を描いてタバコを吸っているジジイがいるんだ。 そう、今日も目の前に、いや、目の前ではないが目の前に、ジジイがいつもの格好でいつものように絵を描いている。 ただいつも吸っているタバコ、お気に入りのタバコだろうか、タバコのかわりに駄菓子のココアシガレットをくわえていた。 なんの心境の変化だろうと思ったが、たまに写真を見ながら柔らかい笑みを浮かべているのを思い出した。 ああ、おおかた孫か誰かに注意されたんだろな。 どこか憂いを帯びているジジイを見ると、注意しなくてよかったと内心安堵していた。 いつものように俺はジジイの前を通り過ぎた。 今日は風が少し強い。 少し走ってから俺は何を思ったのか、近くのコンビニに入って酒とタバコを二つずつ購入した。 いつもは連絡用兼音楽プレイヤーのスマートフォンを持ち歩いているだけで、他に物を持ってランニングしたことはない。 タバコは軽いんだが、いかんせん、酒は少し重い。 重さを確かめつつ、俺はコンビニ袋を片手に走り出す。 いつもより足が軽いのは追い風だからだろう。 ああ、多分、いや、きっとそうだ。 今日は少し風が強いからな。

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