《夏のひまわりが、狂騒曲を奏で続ける……》  外見・中身、そんなうらはらで表裏一体の補完関係にある二人。  嫉妬やコンプレックス、アンビヴァレンツが一緒くたになって交錯して行く彼女たちとカレ。  外見・中身。  ココロとカラダ。  そして、カラダだけになって、ココロがその後に取り残される。  誰の為の自分なのか? 自分が誰のために悦楽の叫びをあげているのか?  それすらも分からなかったヒロインが、やがて「変わって」行くさまが、非常に怪しくも優雅に描かれています。  ダヴィンチの名画の真贋を、見抜ける鑑定士は果たしてどれだけいるのか?  こういった問いを思い出す時、美しく哀しげなヒロイン達の(両方の意味での)二つの顔が、モノトーンの中に溶け込んで行くようです。
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