橘巧

『+オレと彼女の悲劇的結末+』の一節から   13 雪の舞う世界  幼い頃から凡庸だった。  いや、正確には、何をやってもそつなくこなした。  それを器用貧乏というのか、それとも、天才肌というのか。  何をやっても面白くなかった。何をやってもすぐに褒められた。  多くの習い事をしていた。どれもうまくいった、けれど、ひとつだけ。 「独創的な君に、拍手!」  そんな風に笑顔で言った女の子がいた。  そのキャンバスに描かれた世界は、雪の舞う世界。  けれど、お世辞にもうまいなんてものじゃなかった。  周りからも、うまいなんて言われない。  いろんなことをうまくやれた僕が、唯一できなかった。  僕はその女の子に馬鹿にされたんだと思って、必死で頑張った。  いつもの何倍も努力した。けれど、なかなか上達なんてしない。  僕はある時、あの時に僕を馬鹿にした女の子のキャンバスを覗いた。  それは、雪の舞う世界。  誰もいない、雪の中にぽつんと一人、女の子が立って、どこかを見上げている。  そんな、なんだかさびしいような、せつないような世界だった。    僕は油絵の具まみれになって、もう一度、あの世界を描いた。  女の子に馬鹿にされたあの世界。  うまくなんていきはしなかった、小手先の努力でどうにかなるものじゃなかった。  全然駄目だった。  けれど、やりきった。  ある時、うな垂れている僕の傍に、あの女の子が来た。  そして、キャンバスの世界を見て、言ったのだ。 「やさしい君に、拍手」  悲しい笑顔、でも、どこか嬉しそうで、泣きそうで。  へたくそキャンバスに描かれたのは、雪の舞う世界で、二人で歩く影。  女の子を連れて、男の子が手を引いていく影の世界。  絵の具まみれの僕を見て、女の子が言った。 「独創的な君に、拍手!」  とても綺麗な笑顔で、いや、以前と変わらない笑顔で、そう言った。  この女の子は馬鹿にしてたんじゃない、僕を褒めていたんだ。  褒められたことは幾度もある。けれど、なんでだろう。  何でかわからないけれど、この時、僕は自然と目から涙が溢れてきて。  初めて、誰かに褒められたような気がして。  嬉しかったのだ。  数年後、僕らはまた出会う。  二人とも、その時のことなんて覚えてなかったけれど、  それが、君だったのだ。  

この投稿に対するコメントはありません