食って生きていくことを踏みにじれば道は心は絆なんてものはそりゃあ口程にもなく閉ざされていくばかりで。 海岸線の向こうにある発電所を眺めながらスーパーでお米を買う。当たり前のように福島の米があって、何気なく取って買って食う。 四年前はこれが、普通じゃなかったんだ。魘されていたんだ。どうかしていたんだ。あの頃のスーパーでぽつんと残る福島のお米を見ると、申し訳ない思いだ。
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レビューありがとうございます。 偶に思う事です。 例えば、JA福島の10キロ入りの米2000円と、福島県以外の民間会社の10キロ入りの米1500円が並んでいた場合、3.11後は皆躊躇する事なく、1500円の米を買ったと思う。 でも、JA福島の米はJAの人も農家の人も間違いが あったら間違いなく叩かれると言うのが念頭にあり、徹底的に調べ採算ギリギリの値段で出荷している筈。 それに対し、愛知県の業者でしたっけ偽装を行った業者がいた筈。 福島の米基準値以上だった為破棄するよう言われた米を、雀の涙以下の値段で買いたたき、産地を偽装して店頭に並べた可能性もある。 こういう事があったかどうか
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そうでしたね。安全の価値が偽装という、その行動で揺らいだ。ただ様々なメディアやJA福島の方々が安全性を都度伝えてくれて、お米の相対価値が高まったと感じます。 遡ること2009年、宮崎の口蹄疫の件です。親戚もいて、旅行も行くそこに当時異様な光景が広がっていました。 名のあるものを作るまでにどれだけの時間と力を費やしたか、生みだす時間を踏み躙り至らない言葉たちで禍根を撒き散らすことだけはしてはならない、と感じて。 それこそ側で見て、肌で感じて、こんな思いは誰にもさせちゃいけない、と思っていたのに。 本当に勝手で。振り回されるままで。 育てて戴いたご飯の有り難みを感じる日々です。

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