覇王樹朋幸

 説明文も選評もタグも何も読まずに本作を読み進め、自力で「津波」という単語に辿り着き、「うお、やっべ、これ、やっべ」と一頻り興奮した後に説明文と選評とタグに「津波」という単語を見つけて全身から力が抜けた。作中には「津波」という単語は一つも出てこない。しかし、物語の中にパズルのピースはふんだんに散りばめられている。読了一周目、何のことやらわけが判らない。一体物語の中で何が起こっているのか、何故作中のキャラはそこでそういう発言をしたのか。知りたくなって、自力でパズルのピースを紐解いた。  名取川、ググる。宮城県を流れる川だ。宮城県、東北、今回のテーマ「海」。とくれば、もはやそこから「津波」を連想しない方が不自然だ。そこに辿り着いてから二周目に入る。冒頭の短歌の、そのうちの七つが津波被害者への追悼句であることに気が付き、震えた。「さすがに偏りすぎじゃないですか」確かにその通りだ。物語の主題が「津波」であることを知る前と後、それだけで物語から受ける印象はガラリと変わった。  何故、このタイミングで、主人公の彼はこのような暴挙に出ることを選んだのか? そして、この暴挙には一体何の意味があるのか? 他にも疑問は色々とあるが、それらの問いに答えを出すための情報は圧倒的不親切なまでに少なく、しかしだからこそ本作を重箱の隅をつつくように隅から隅まで読みこもうという気になる。これが作者の作品の魅力の一つであるとも言えるのだが。何がともあれ三周目、ようやく、私は作者と同じ土俵に立つことができた。しかし、読了後数時間が経過したが、物語のミステリー部分を紐解くには至っていない。否、この作品にそんな紐解きなどは必要ないのだろう。重要なのは、「あの衝撃と悲しみは、一体誰のものなのか」を考えるべきであるということだ。  あの日、日本が悲しみに包まれた。  あの年、日本は世界最大の国際援助の「被」支援国になった。  第157回の芥川賞受賞作は、沼田真由先生の「影裏」だった。  残された人々の悲しみを歌った七つの歌を、どんな想いで主人公は歌ったのだろうか。そしてその返歌ともとれる八つ目めの歌は、悲しみに囚われず、前向きに生きていこうという力強さすら訴えかけてくるような気がする。

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