西 東

人は二度死ぬの言葉を思い出してしまいました。 生命活動を終えた死と、誰の記憶からも居なくなる死とを。 サクヤは元より『ドール』であり人ではないだけに、記憶から忘れ去られてしまう事こそが死に値するのだろうかと考えます。 物へ対しての人の思い入れは、それこそ千差万別でしょう。 だからでしょうか、人に近しいものとして誕生しながら同じ人から人らしさを削り取られてしまったサクヤに哀しみを感じます。 人って身勝手ですよね。 そんな中で此花の存在は人とドールを区別しないだけに鮮烈で、いつかは両者の間を取り持ち、ドールの制限を再び無くして行く力になって欲しいと願いたくなります。
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>西 東さん お読みいただき、ありがとうございます。 かつてはたくさんの人を受け入れながら、次第に、訪れる人もいなくなってしまった場所。 立派な形を保っていたのに、人の息吹が薄くなりつつある場所を見ると、寂しくなるのはなぜなのでしょう。 伝統や文化も同じで、受け継いでいくためには形だけでなく、それがなんなのかを咀嚼して引き継ぐ必要がありますよね。 それらを忘れることなく、なんらかの形で残し、受け継いでいってほしい。 そうすれば、『ドール』も一緒で、此花のように受け入れる人が増えていけば、また同じように生きていける時が来るかもしれません。 頭の片隅に合ったそんな考えが、この作品には反映さ
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子無狐さんへ 今晩は。 伝統を継承して行く人が居ないからと、現時点でも実際にデジタルデータとして情報を保存する手段も選ばれているそうですね。 栄枯盛衰の言葉も有りますが、失いたくないと願う人は、形をなぞるばかりではないドールを必要としそうです。 近い未来に起こりそうな物語です。
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