緋糸椎

思わぬ出来事も因果律?〝輪〟はどこまで及ぶのか。
 よく「近頃の若者はSNSに依存し、現実的な人間関係の構築が希薄になった」というようなことを耳にする。だが、果たして事態はそんな単純なものなのだろうか、……本作を読んだ後、私はそんなことを考えた。  本作では、ある人物の独白によるイントロの後、痴漢冤罪というハプニングに遭遇した指宿という男が、憂さ晴らしにチャットの書き込みをするところで物語が始まる。そこでは誰とどんな会話をしようとも、相手の体温も匂いも感じることはない。だが、実際にそこに書き込んでいるのは血の通った人間だ。その認識のギャップから生まれる悲劇に、読み手の心も徐々に蒼然となる。  チャットルーム「SOULFLY」の価値基準は「面白い」かどうか。メンバーは「面白い」ネタを提供し、それを共有して楽しむ。しかし、その「ネタ」は提供者の「絆」から出てきたものであり、当然そこには様々な感情のしがらみがついている。指宿はチャットのメンバーは限られた〝プレミアムメンバー〟であると認識しているが、今日ネットというのはマニアが認識する以上に裾野に広がっている。作品中の文を借用するなら、「携帯の迷惑メール設定もろくにできない機械音痴が、とあるコミュニティの中心人物になる」のが現状。限られたコアなコミュニケーションという甘い認識は思いもよらない弊害を現実世界にもたらすが、それも実は絆なのか。作者は明確な答えを与えようとせず、読書の観察に委ね、幾通りもの推測をよしとしているようにも思えるのだ。人によってはその〝絆〟が読み手である自分にも及ぶのではないかという恐れをも抱くであろう。  もう一つこの作品の特筆すること点は、独特な人物描写である。語り手は章ごとに変わり(そして殺される)が、そのどれもがある種の人間不信を心に抱きつつも、人との関係の中で生きなければならない人間の性を諦めつつ受け入れているところがある。そして、本作では人物そのものの描写以上に、その人間関係によって人物像が表現されているようで興味深い。  以上、ネタバレにならないよう注意しながら感想を述べたが、読み手によって感じるところは異なるだろう。科学者がそれぞれの観察により異なった仮説を立てるように、それぞれの人生経験や価値観で色々な見方が出てくるに違いない。単なる犯人探しではない、多彩なミステリーがここにある。

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