豊後の赤猫

こんばんは。 うーん、愛誤かあ…。言い得て妙ですね。 これについてはいろいろ考えます。 例えば保護団体として活動してて、そこに部外者?が 駆け込みでレスキュー依頼したら、知りませんとかってのも 同じ意味ですよねえ…。 確かに分かりますよ、いっぱいいっぱいって。 拾ったあとに自分ちでは無理とかってそれもどうなの?って。 拾う=自分が面倒見る、私はそう思うけどな~って。 ご飯だけあげて、じゃあねってのも聞きますよね? 相手に期待さすなや!って思います。 保護活動って何なのかな…とも思います。 そりゃ、一人より人数多い方がええやんけ?とも言えるけど、 逆にそれが妙な甘えになったりとかもあると思うけどな。 わらわら保護して保健所からもレスキューして、それから? 貰ってくれた人はホントに間違いなく責任持って養ってくれる? 時々、明らかにノリで貰う人とかいますもの。 私は基本的に、明日は絶対に、間違いなく死ぬだろう…てのしか 拾わないです。その代わり、そいつの一生は自分が見届けると言う 覚悟ですが。 だから拾うまでにスッゴい悩んでしまいますね(笑)。 時間的には短いっすよ?人から見れば(笑)。 出会いは突然で、決めるのには一大決心ですよ、でも。 放って置けないんです~。 拾うのはいつも病気持ち、心身共にですね。 当然ながら譲渡なんか無理な子達、だって貰ってくれるのは 大抵、健康でかわいい子ですもんね…。 もう、ぺいたんなんか、100回譲渡会にエントリーしても無理。 出会いを取り持つのも良いけれど、それがどういうことか? その辺りももっと啓蒙していくべきかと…。 「かわいそうなこの子を貰ってくれてありがとう」だけじゃなくて こうした子達に対して、人間にしかしてあげられないこと、それを 広めてほしいなって思うんですよね。 何度かマルムスさんがSNSの方にシェアしてる記事を見ました、 そういうのを見て、そうしたことに気づいてくれる人だって いると思いますし。 虐待するとかは論外ですが、実際にいますしね…。 ああいうの、わざわざ閲覧してコメントまで書き込むとか ホントに信じられんけど、いますもんね…。 今回の作品の進行もなかなかにハードですが…書くのだって 大変だろうなって思うし…、でも続きを待ってます。 だって読むべきですから。更新、楽しみにしてます!
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