多くの人に読まれて欲しい渾身のエッセー
 インドネシアのスマトラは、『怪傑ハリマオ』の原作となった直木賞作家の山田克朗の少年小説『魔の城』の舞台となった。  学校の地理の授業でインドネシアを学ぶとき、かならず出てくる地名ではあるが、特に興味はないため、トバ湖の旅は著者のエッセーを楽しむことで終わるだろう。  ただこの作品は著者の旅行エッセーというより、海外の観光地に大勢存在する「案内人」という名の商売人の少年との苦い思い出を描いたものである。  詳細は本文を是非読んで頂きたい。  私は海外旅行の経験が豊富なわけではないが、当時の著者の若さゆえの理想と現実との乖離への逡巡に対しては、ある意味冷静な視点で見つめている。  今の著者も同じではないかと思う。  案内人の少年は著者に対し、徹頭徹尾金儲けに徹し、詐欺行為も働いた訳だがこれが観光地の当然すぎる現実である。  彼等は日本人との友好や連帯のために観光地にいるのではない。日々の糧を得るビジネスのためにいるのである。  観光客と商売人の目的が異なる以上、友好や連帯感が生まれることは不可能に近い。  「案内人」の少年が観光客に何の関係もない自分の身の上話やらこれからの計画を話すのも、憐れみをかって幾分かの小遣いをせしめるためという不埒な目的のためであろう。  この少年は著者と別れた瞬間、すぐに次の獲物を探して鋭く目を光らせているだろう。今でもそうかもしれない。  スリランカ国籍の女性の入管での死が話題になっている。同情はするが、法律を犯していたことは確かである。この事件に対し「救援」を主張する「善意」の人々の多くは、この事件の根底にあるものを見ていないと思っている。スリランカ人女性のあまりにも惨めな一生に興味はないが、内閣打倒など政治的な目的でこれを利用しようとした人々もいるかもしれないとは想像する。  「根底にあるもの」  そのヒントをつかむためにも、このエッセーが多くの人々に読まれることを望む。  人は「衣食足りて礼節を知る」。  だが衣食の足りない人間は大勢いる。それが彼等の個人的責任であるとは言い難い。
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倉橋さんこんばんは。 いつもながら、見事なご感想ありがとうございました。 今回は、特別に読んでいただきたかった作品だけに、真摯なご意見の数々、とても心に刺さりました。とくに最後の二行は! 作品を通して言いたかったことをほとんど言葉にしていただいたおかげで、いまだに喉につっかえているような気持がとても楽になりました。 本質的な問題にかんしては作品を書きあげてから十年以上の時が流れた今でも、確かな答えが得られず情けない限りではあるのですが、その問題意識を抱えた人生とそうでない人生とでは恐らく見える景色も大きく変わってくるでしょうから、今もまだそれを心の支えに生きる毎日です。 『猫跳寺』の方も読了し
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