Quinもわ

ある問題が一段落したけど、素直に喜べない自分がいる。 おそらくは自分ももしかしたら、と考えるからかもしれない。 私は創作を通して色んな方と出会って、別れて、傷つけ傷つけられ、その中で経験したものや学んだ事をその瞬間は活かせずともとっておいて、今に繋がったと思う。 良い事も、悪い事も、どれか一つでも欠けてたら今の私はここにいない。良くも悪くも、私は私が生きてきた人生ってものを不幸と一度たりとも思った事がないのも、そういう事かなって。 でもだからこそ、もしもの道を歩んだような人の顛末を知ると自分と重ねてしまう。 同情とかではないけれど、自分にあってその人になかったものは何なのかと考える。幸運の差なのか、人の差なのか、答えはわからない。 ただ、ね。 私は自分が自分の意思で辿り着いた趣味において、己と向き合う為に書いた作品を完成させた。小さなきっかけを与えてくれた人達の言葉を受け入れて、反映して、喧嘩もしたりして、その結果辿り着いた答えがある。 正しい間違いかはわからないけれど、それがキッカケで、一つの区切りをつけられたのも間違いないと思う。 だって今は、より多くの世界を知りたいと思うから。どれだけ見れるかはわからないけど、知りたいと、先に進みたいと思える。 世界に絶望はしてるけど、まだ、諦めてない自分がいる事も私はわかってるから。
6件

この投稿に対するコメントはありません