数奇な運命に胸が締め付けられる
 天才ピアニスト時任彼方の自殺。そして、彼を殺したのは友人である斑鳩遥だったという衝撃的な冒頭から始まるストーリー。彼を殺したというのは一体どういうことなのか、二人の間に何があったのかということが気になり一気に読み進めました。  聴く麻薬と称される時任の演奏に魅了され、引くに引けない歪んだ関係を持ってしまった遥。捉えどころのない時任の言動も相まって、どんな展開が繰り広げられるのだろうと目を離すことができませんでした。  時間とともに遥の心にもたらした変化。そして、その先に起こってしまった惨劇。被害者とは言えど、自殺の引き金を引いてしまった遥の罪悪感や憎しみは計り知れません。特に終盤で、時任の死が遥に何を与えたのかということを知ったとき鳥肌が立ちました。  後半では遥に異常なまでの執着を見せた時任の本心は何なのかということが明らかになり、奇抜な言動に反して遥に抱く純情な思いが垣間見え一層胸が痛くなりました。どんなに望んでも手に入れることはできない決して報われることのない恋。遥の弱みとも取れる秘密を知り独占するものの、すべてを自らの手で終わらせてしまう。  どちらにも非がないと感じてしまうからこそ、ただただやるせなく苦しい気持ちでいっぱいになりました。『遥か、彼方』。二人の名がタイトルに入った楽譜、それは時任の遺書であり、決して届くことのなかった遥に対する熱情が込められていたと思います。切なくてやりきれないです。  しかしながら、遥が「ゆるさない」と言い切ったラストシーンは、切ない以上に清々しささえ感じられ、僅かな希望を見出すことができました。  読後も、筆舌に尽くしがたい感情に苛まれ心が激しく震えました。読み返しながら涙腺が緩んでしまい、レビューを書きながら何度も手を止めてしまいました。そのような作品に出会えたことが、この上なく幸せで喜びを感じています。この作品から得た感情と衝撃は、残響のように止むことはないでしょう。素敵な物語をありがとうございました。  長文、失礼いたしました。
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