寺井衒学

個人的に素晴らしいと思えたことをたくさん書きます。
「近いうちに、全ての規則、全ての概念、全ての正義が役に立たなくなる、そんな嵐の日が来る。俺たちにできるのは、その日が来ることに怯えながら、自分だけは嵐に飲み込まれないために僅かならがでも準備しとくことだけだぜ」 『全ての規則、全ての概念、全ての正義が役に立たなくなる』という言葉のリズム。この短編の凄みはこのリズムから始まっているように思います。 この短編の読後感に、皮膚に伝うような感動の余韻を与えるのは、即ちこの死刑囚の箴言のような言葉に収斂されているからではないでしょうか。 この物語では厳格な綱紀維持のもと、一人の男が死刑囚として死の運命を辿りますが、彼の放ったセリフが、この小説の軍紀をはじめ、僕たち読者の現実世界のあらゆるルール・法律・秩序の存在へ疑問を投げかける力を持っている。 そして、その大きな力は、ルールを厳しく守りたい色黒の兵士と、これが常態化しているから眠そうにしている(のかもしれない)兵士がこの場にいるからこそ、いやそれのみならず、最後の文章の『汚れた日の光が突き刺す罪の大地』を、物語の冒頭の戦前の二ヶ月間の説明に既に書いていたからこそ、この最後のシーンに素晴らしい演出を生み出しているのではないかと思いました。 あと、個人的な印象として、彼の死期を『汚れた日の光が罪の大地を突き刺そうとその刃を研いでいだ』あとの『朝』に置いたのが素晴らしいと思いました。 桜庭一樹氏の名作ラノベ『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』でもあるように、登場人物の死をただの陰惨なものにせず、読者の魂を動かすものにするために、彼の死を清浄な空間のなかに置くという描写がこの物語にも描かれている。なぜなら、『絞首台の朝』のラストを昇華させているのは、まさにこの死を迎える時間が、『汚れた日の光が罪の大地を突き刺そうとその刃を研いでいだ』あとの『朝』だから。 この描き方を容易くできてしまう平沢さんの技量の高さを再確認できる物語だと思いました。
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ありがとうございます! とても熱量の高いレビューで、寺井さんご自身の作家としての情熱を感じます。  ポイントポイントでお答えしていくと、そうですね。  現代でありがちな状況として、「個々人が規律を守って組織が運営されているのに、組織の目標そのものが腐っていくので、個々人の行動の帰結すら有害無益になっていく」というシチュエーションがあります。  大きなシステムを運営していくには個々人は歯車に徹して、下手に大きな視点を持たないでいることは必要であっても、全体が転落していくフェーズではその勤勉さが崩壊を早めることにもなりかねない。  だから、ある分岐点を境に価値観の転倒が起きる。その分岐点を超えて
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詳しい解説、ありがとうございます。 平沢さんのお陰で新たに僕の蒙を啓く機会を得ることができました。 組織と個人との関係性と価値観の転倒、腐敗した組織に貢献する勤勉な個人の献身が組織の崩壊に直結するかもしれないという視点は僕のまったく足らないところでした。 そうした大きなテーマを扱った作品の主人公に、卑近な生存戦略を行う男という、人の負の面の等身大を据えたようなキャラクターを使うのも、しっかりとした考えが背景にあるのも勉強になります。 わざわざ長文の返信で教えてくださってありがとうございます! 本当に助かりました! 今後も頑張ってください!
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