小池正浩

 戦場へ行け、兵士として敵と戦え、と自国から命令されたら、あなたはいったいどうしますか──?  僕はぜったいやりません。百田尚樹の小説家デビュー作にしてロングセラー作品『永遠の0』はようするに、その問いに対して巧妙かつ狡猾な解決策を用意したといえます。戦時中に喧伝されたお国のためにという忠義心と、戦後に民主主義とセットで浸透した個人主義の価値観という、拗れ、ねじれ、相互に断絶しながらも奇妙に同居する二極化した集団心理を、有事には愛する家族や仲間や郷土を護るため自衛のために戦わなければならないという国民の義務と、もう二度と戦争という過ちはくりかえすべきでない誰の命もみな大事という反戦の倫理との、相矛盾し、衝突し、本来けっして重ならないし和解できるはずのない分裂した感情と思考を、むりやりアクロバティックに接合し正当化した。時代が、世界が、当時そうだったのだから戦うしかなかった、でも命は賭けても生き延びるよう最大限努力すべき、家族や仲間や郷土を護るためにはときには戦争もやむをえない、だから覚悟を決めて立派に戦うべき、でも自爆のように死ぬ前提はまちがっている、だから特攻は正しくない、でもいざ特攻をやるしかないとなったらやるしかない──といった具合に。  感動して泣いた人は一度おもいなおしたほうがいい。ふたたび現代で似たような危機的状況が訪れたとき、しょうがないといってきっと動員される。しかも、自衛のため自分の命を大事にとみずから望んで。  いかなる戦争もぜったい肯定してはならない。いかなる理由でも兵士を英雄視してはいけない。日本がおこなっていた過去の戦争は現在の、ウクライナのような防衛ではない、ロシアとおなじ歴然とした侵略にほかならない。いいかげん、戦争や兵隊をヒロイズムで祭り上げる風潮はやめろって話です。  ──てなことをもっと「革命的新文学」の最新回で書きたかったのですが、それだと安達奈緒子オリジナル脚本のTVドラマ『100万回 言えばよかった』の批評というよりも、あまりに長文の『永遠の0』論になってしまうところだったので、さすがにこれ以上はと自粛しました。さらに『バトル・ロワイアル』まで接続して分析しようと当初予定していましたからね、当然それも同様にカット。結局それでも分量的には『永遠の0』を延々論じているように見えるでしょうけど、あくまで主題は『100よか』がです。
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