農民C

瑞々しくほろ苦い、生への賛歌
饐えた臭い、燻る煙、瞬くネオンライト、そんなものの情景がふっと匂い立つどこか退廃的な香りの文章にのせ、音響エンジニアの青年ロムがライブハウスのマネージャー昌也にいきなり行為を強いられるという、ちょっと衝撃的な幕開けからこの物語は始まります。 物語全体を通して、ライブハウス、そして音楽が見舞われた苦境という象徴的な舞台装置を中心に、理由の無い衝動、快感、欲求。誰しも知りながら知らない振りで日々を乗り切る本質的な感情が、荒々しく、あるいはひたむきにある種寓話のような形で綴られてゆきます。淘汰されるものたちへの郷愁、煌めく一瞬の歓喜への執心、ひとつひとつが味わい深いスパイスです。 それだけでもう十分贅沢な読み物なんですが、更にこれを土壌として純度の高い感情の繊細なやり取りが深く描かれるのです。 登場人物たちの切実さは、趣味や仕事、限りある時間といった俗的な枠を超えてただ"生きる"ことに希求し、篝火が道を照らすように、一途で暴力的なまでの愛というものを雄弁に浮かび上がらせます。本当にこの上なく美しいラブストーリー。 すぐ引き返されそうになった方は、後生ですからどうか♯2までご覧になって下さい。SFという言葉に尻込みされた方も身構えることはありません。この作品に走る軸が、どこまでも純粋で美しい愛と狂おしい程の生への熱量であることに段々と気付かされるはず! 条理も不条理も呑み込んで選択を突きつけられる現実と、SFチックな掴みから描き出されるディストピア世界が交錯しながら、切なくも美しいクライマックスへと突き進んでゆく展開は圧巻としか言えません。紛うこと無き傑作。壮絶なしんどさで胸を搔きむしられるのに、どこか晴れやかな快さもまた併せ持った魅力がありました。 あと私は読了後1ページ目へ戻って号泣しました。しんどい尊い無理。 作者様、こんなにも素敵な作品を世に送り出して下さりありがとうございます。よき時代と消えゆくライブハウスを偲びつつ。すべての音楽と共にある人々へ愛を込めて!
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