しのき美緒

生と死の揺曳
 平家物語で二位の尼が幼い帝を腕に抱き「波の下にもみやこはさぶらうぞ」と申し上げ入水する場面がある。本当に波の下、海の底にみやこがあったならば、海中のみやこびとが見上げた桜は本文中に描かれる、揺蕩う桜の花びらではなかったろうか。とても長い時間をかけて落ちてくる桜の花びらをじっと見上げて待つ殿上人たち。音もなく光も僅かな世界で、動く桜だけが生きている。  本作品を読んでわたしは上記のような想像をした。本作は明るいトーンで描かれた作品であり、むしろ死から生還した妻と助けた夫にフォーカスはされているのだが、にもかかわらず、わたしは濃厚に死を感じ取ったのだった。  妻が感じた海底の砂は一度彼女が死の世界に入ったから感じられたのであり、海底で眺めた世界が明晰夢のように記憶されている。  ここで描写されている光景は、一度死んだ人間とそれを生に引き戻した人魚の夫の、浮世離れした花見支度であって、もしかすると、このふたりの暮らす世界は幽明境にする、その境なのではないかとすら思わせる作品だった。  ただひたすら美しい作品をありがとうございました。
2件・1件
しのきさん、ありがとうございますー!!
1件

/1ページ

1件