深い話でした
深い! あまりにも、深い、いろいろなことがギュギュッと、この文字数に巧みに詰め込まれていて、私の脳は、一瞬にしてオーバーヒートしました。エンジンが、ボンッと湯気を吹き出して、ポンコツ自動車のように煙を立ち上らせました。まあ、もともと、ポンコツなんですけど。 兄の「諦めたはずの夢」を、弟が応援する微笑ましい話のように見えますが、そんなことはありません。その弟の夢が兄に依存していて、知らず知らずのうちに兄を縛り付けてしまっています。 兄を前に進ませるどころか、重荷でしかありません。 「モウフの本の装丁を担当したい」というのは、本当に純粋な願いでした。それは弟にとって、ただ一途な憧れの言葉だったはずです。でも、兄から見ればそれは「絶対に成功しなくてはならない」という暗黙のプレッシャーであり、義務になっていたのでしょう。弟のために、兄は再び夢にしがみつかざるを得ない――失敗の許されない、兄弟二人分の夢を背負った、逃げ場のない戦いになりました。 「諦めるな」「僕の夢も一緒に叶えよう」と、絡みつく蜘蛛の糸のように、その声が兄の足を掴んで離しません。進まなければならないのに、重くのしかかってきます。相互の立場がただの「励まし」や「家族愛」にとどまらない複雑さを醸し出しています。 「ドッペルゲンガー」という象徴的な存在が登場することで、モウフの不安が具体的な形となって、最終的に理想の自分の影に怯えてしまいます。この描写は、作家が自分の創作とどのように向き合っていくべきかを深く考えさせられる展開です。ラストに、「ただいま」と、……が、帰宅する場面で、余韻に浸りながら、このタイミングで私の脳はオーバーヒートしました。 そうそう、「チャイムの音が二回」「ただいま」という、冒頭から繰り返される描写が、物語の要所要所で使われていました。 前半で、日常の安定を象徴する一方で、終盤ではその日常の崩壊や異質なものの侵入を強調する役割を担っています。 シナリオの勉強をしていた頃に、こういうアイテムをこのように効果的に使うよう言われましたが、私には、なかなか思いつきません。 咲蔵さんの場合、脚本の経験が活かされているのでしょうか。素晴らしいと思いました。
1件・1件
5000字ほどの短編に、ここまでの考察をしていただき感無量です。ありがとうございます。 脚本の経験が活かされていると良いのですが(笑)。 活かされているのだとしたら、前半の情報量や説明になりつつある箇所は、反省すべきかもしれません(笑)。 弟目線で書くことで、兄の見えぬ葛藤に弟が気が付ききれない、弟自身は自分本位になっていることに気が付かない、という示唆をしたかったので、その点が伝わってとても嬉しいです。 濃厚なご感想、誠にありがとうございました🙇
1件

/1ページ

1件