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全てが無
全てが無
2013/4/25 21:23
とりあえず、自分の中で区切りがついたのでご報告いたします。 書く事を辞めるわけではありませんが、 独りよがりな文章でしたので、これを機に僅かながら補足をさせていただきたいと思いました。 まあ、どなたも興味がないこととは存じますが… まず、自分の思想は、名の通り この世に有るもの「全てが無」ということです。 そこに至った経緯は、自分が何故生きたいと思うのか、 もしくは、死にたくないと思うのか、を考え始めたことが最初です。 そして、様々なものの存在理由、存在価値について考えました。 仮に今、有るもの、地球や宇宙が全て、パッと消えてなくなってしまったら、 何が起こるのかを思いました。 「ただ無い。」 それに、尽きてしまいました。 自分の大切なものも、 もし神がいるとして、その世界が無くなってしまっても、でした。 勿論、そんなことはありえませんが。 じゃあ、今ここに有る全ても、「無い」事と一緒ではないのか。 存在するモノ、「全てが無」と言えるのではないのかと考えました。 そして、その根本がある限り、人としての全てを否定出来てしまい、 自分は幸せにはなれないんだなと感じました。 また、もともとこの思想を持つ以前から、 人と同じことが出来なかったりするなど不器用さにも苦しんできました。 総じて、自分はこの社会に不必要、または害をなすだけの 存在なのではないかと感じてきました。 基本的に、そのような思想と人間としての感覚の差、 歯痒さ、後悔、不安などを、作品として投影してきました。 そして、ようやく不器用さについては解決出来た様に思います。 今回の区切りの理由が、この解決になります。 そして、それを「我が名」で表現しました。かなり直接的な表現です。 きっと、昔の自分であれば、否定して、嘲笑していた内容です。 突然のぶっ飛び様です。 ちなみに、思想については、まだ解決していませんし、 これからも解決出来るとは思っていません。 また、作品の中には、ただの疑問や、何かに対する批判など、 それらとあまり関係の無い作品もあります。 それを踏まえたうえで、今一度読んでいただくと、 私の顔がぼんやりとでも見えてくることと思います。
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すたとら
2015/2/22 1:45
私は、すべてが無意味だとは思いましたが、意味がなくても存在そのものが無であるとまでは断じられないと考えました。
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全てが無
2015/2/24 22:50
すたとらさん、はじめまして。 コメントありがとうございます。 無意味と思っていただければ、それで結構です。若干のズレは有ると思いますが、私の言うものとほぼ同じであると思います。 本当に人や物の存在を否定するには、素粒子もしくは、未知の更に小さな根源的なものの存在を否定する必要が有ると思うのですが、それは私には出来ません。あるいは、肯定も出来ません。 もっと早く返そうと思っていたのですが、なかなか上手いこと書けず結局、半端な文章になってしまいました。 すいません。
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