残り二週間

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「だから何度言ったらわかるんだ」 目を見開き、声を荒げるデスク。笠原亜依(かさはらあい)は思わず身を硬くした。 毎日怒鳴られてばかりだった。何かやれば余計なことだと、何もやらなければしっかり仕事をしろと。自分なんていない方が良いのではないかと、最近亜依は真面目に考えていた。 出版社に入ったのは、夢を叶えるためだ。昔から亜依は小説が好きだった。自然と、自分でも書いてみよう気になり、青春時代のほとんどを執筆に費やした。 新人賞という新人賞に応募したが、一次選考を通過することですら稀だった。もし通過出来ても、二次でアウト。 落選が二十回を超えた頃、亜依は自分に小説を書く才能が無いことを悟った。いや、はじめから気付いてはいたが、認めたくはなかったのだ。 小説家になるという道は絶望的な壁に閉ざされているも同然だった。親もちゃんとしたところに勤めてくれと懇願してくる。 そこそこ名の通った大学に通っていたので、就職自体はそれほど難しいことではなかった。選り好みしなければ、安定した仕事にありつける。 しかしそれで満足出来るかと自問すれば、亜依の解答はひとつだった。満足出来るはずがない。 小説家になれずとも、小説に関わる仕事がしたいと思ったのだ。あわよくば輝ける才能を世に送り出すような、そんなことをしてみたい。 出版社に的を絞った就職活動は困難を極めたが、ようやく一社から内定を得た。それが今勤めている会社である。 入社後は各部署に振り分けられる前に、全体での研修が行われた。適性判断という側面もあるらしく、亜依は文芸部配属となるべく全力を尽くした。 半年の研修を終えた後、亜依に突きつけられた辞令はこうだった。 『週刊パトス編集部に配属する』 目の前が真っ暗になった。よりにもよって、厳かな文壇とはほど遠い週刊誌の編集に携わることになった。 週刊誌の編集を希望していた同期は意外に多く、 「笠原さんうらやましい」 などと言われたが、当の本人にとっては最悪の事態でしかなかった。 仕事を辞めようかとも考えたが、まだ別の部署に転属となる可能性もあるし、親を不安にさせるのも本意ではなかった。 どっちつかずな状態でずるずると、亜依は仕事を続けた。適性を見て配属された部署だが、自分が週刊誌編集に向いていないと思い知ったこの一年だった。
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