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そして、瞬く間に夏になる。
世界の才能ある若者を結集してできた『青少年オーケストラ』は、16~20歳までの青少年から成る。そのアジア地域での演奏会のソリストに僕は選ばれたわけだが、こういう素人オーケストラとの共演は初めてのことで、リハーサルから波乱の連続だった。
そもそも、リハーサルの回数から違う。プロのオーケストラとやるときは、大体一、二回合わせたら本番になるし、リハーサルの内容も、ソリストとオケが対等に打ち合わせをするという感じだ。しかし今回は、二日に渡りリハーサルをして、三日目に本番、しかもリハーサルは文字通り、オーケストラがソリストがいてもチャンと弾けるようにするための練習だった。
指揮者は言う。
「ブラッキンさん、すいませんがココはオーケストラが拍が取りにくいので、強拍に少しアクセントを入れてください。」
ひえーっと思いながらも、顔では笑って「はい、わかりました。」と言う。
「ブラッキンさん、ココの音の入りをはっきりさせてやってください。」
ちょっと待って。ここはどこからともなく音が聞こえてくるように弾くところだよ。とは思うものの、指揮者も本当はわかっているはずで、オーケストラのレベルを考えるとそう言わざるを得ないのだと、自分を納得させる。
「マエストロー、フルートのユンファが気を失っています。」
オーケストラのホルン奏者が、自分の前に座っている女の子を支えながら言う。
「ブ、ブラッキンさん、君が本気を出すと失神者が出るようなんだ。ちょっと七分目でお願いします。」
指揮者もきっと泣きたいだろう。
しかし、パンフレットに書いてあったが、世界で活躍する指揮者やソリストとの共演は、オーケストラのメンバーに計り知れないほどの夢と希望を与えるのだそうだ。
こういうボランティアもやっていかなくてはならない。
特にニューヨークでは、成功者はその成功を社会に還元することを求められる。一応成功者と世間から見られている僕も、父のいた航空会社に、航空機事故の遺児への奨学制度を作っているし、僕と同じ年の世界的な女流ヴァイオリニストのユウコも、何か始めたと新聞で読んだ。
ちょっと演奏には妥協が入ってしまうけれど、喜んでステージに立ちたいと思う。
と、僕は思っていたのだけど、満員の聴衆の中にひとり、膨れっ面をしている可愛くない人間がいた。
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